第12話 23.寵愛のジオ 24.新たな敵

いつかのジオは実験の最中既に獰猛だった。

人間に宿る理性が届かないくらい。

ジオはアダムとイブが見つけた林檎のように博士に寵愛され続けた。

その間、林檎となったジオはまるで囓ったら囓り返す獣だった。

そのジオに人間味を思い出させたのが彼との接触だった。

彼は臆病者だったがどんな人間をも愛せた。

とても愛に満ちた青年だった。

彼のその誠実さは彼自身が人を愛することでそれを勇気に変えた。

彼、都築夏生はジオに明確に恋をした。

だがジオに掛けられた強力な催眠はジオを愛する者をすべて排除する内容だった。

そのため、ジオは彼に惹かれつつもジオは排除に掛かる。

「軟弱者め!」

と、幾度となく伸されたが、無論抵抗はしなかった。

彼はどれほどのジオから仕打ちを受けてもジオへの特別な気持ちは変わらなかった。

それはあの一瞬。

あの瞳、あの温もり。

それは何物にも変えられない確かな感情。

いつかは届けようとしていた彼の思いは淡い日々の思い出と年を取る。

彼も時と共に大人になり、ジオへの思いも残しつつも、一方で父の死という乗り越えなくてはならない大きな壁が立ちはだかる。

事態の究明に乗り出し、島を出た彼の目には、廃墟と化した父の店が残るばかり。

血の一滴も落ちていないこれ程までにクリーンな殺人は、当時、父以外にもきっと多くの人の

人生を閉ざしたことだろう。

父たちのまるでどこかへ消え失せたような死に方はジオに向けたの博士の実験に大きく重なる。

この一件に限らず、博士を憎んだことは言うまでもないがジオを殺人の共犯のようにあの時は思い込んでしまったことに複雑な感情を抱いた。

冷静に考えれば、博士はジオを片時もひとりにはしなかった。

それが何よりの証拠。

では、博士は?

博士は、想定済みの敵を倒すために人体実験をしているの一点張り。

明らかに怪しい。

博士には謎が多く、常に護衛を付けている。

その警戒心と来たら、力自慢で粗暴な手力男という男を護衛に加えた程だ。

あの男の存在は計り知れない。


現在の時間軸に戻そう。

以前、手力男はタワーに半殺しにされた経緯がある。

だが決して弱い敵ではない。しぶとい敵だ。

隙を見せた手力男にタワーが執拗に攻撃を仕掛けたのは悍ましい反撃を躱すためだった。

この男の反撃は、とても素早い。

すぐに攻防が入れ替わる可能性があった。

それは即ちパワー以外の別の能力があることを示唆していた。

「グオォーッ…!!」

それは真夜中に轟く。

生命を滾らせた大男の叫び声。

彼の復活の日も近い。



スピとロンは最近良く一緒にいる。

二人は反発しながらも互いにどこか落ち着くようで…

ロンは夢を見ていた。

最近、それは目が虚ろで夢遊病に近く…。

「あの日、船長が言ってた…海は荒れるって…」

「ねえ、今昼間だよ!」

スピは普通に対応する。

「スオゥール号は、午前11時30分…海の藻屑と化した…」

「何で知ってんの?」

乗員乗客476人死者数170人行方不明者7人の記事は8年前の夏の匂いを連れてくる。

「あの日の前日、ヘマをやらかしたコックがひとり首になった…立ち寄った先で子連れのコックを1名採用した…職人気質のカメラマンと一癖も二癖もある仕立屋、煌びやかな踊り子、虫かごをぶら下げた昆虫好きの金持ちの坊ちゃんが客として乗っていた…彼らは行方不明になっても生き延びたが、一人の少女は生死の境を彷徨っていた…ジオよ…」

「ふ~ん」

メニューを睨むスピ。

「もう、ダメ。決められない。…で、ジオの家族は?」

「………えっ?」

スピと目が合う。

「あ、もう」

青椒肉絲(チンジャオロース)が冷めている。

「何よこれ?97/10って」

ナプキンにサインしてあるこの数字の並び。

「もう、料理冷めてるし、あんたもお腹いっぱいじゃない。あのすみません!引っ込めて」

50過ぎの恰幅のいい女性店員には無視された。

言葉が通じなかったらしい。

「ちょっと…」

「あたしは外の屋台で食べるから」

「待って、あたしだってまだ何も食べてないんだから、少し貰っても…」

「馬鹿!ダメよ。死にたいの?」

「何を急に、あたしは腹ペコで死にそうなのよ」

「いいから」

と、手を引かれ、店を出る。

「でもお代…食べてないんだから、いっか」

しばらく歩くと、

「どうして急に?」

「…分からない」

ゴムで団子にしていた髪を解き、長いストレートを揺らす。

「私たちが捕まったとき、ジオ以外の被験者で実験に参加して成功したのは他何人だって言ってたっけ?」

「博士はジオとしか言わなかったけどジオは他にも何人かいたって」

雑踏に消えるスピとロン。

「あいつは知ってるみたい」

「え、何?聞こえない」

「…いいのよ」

その頃、中華街は悲鳴を上げた。

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