第11話 21.新☆期待と不安 22.新☆あひるのチームプレイ

遮光カーテンの薄暗い光。

篭もった電話のコール。

ポロロンポロロン…

「僕の体の偉いところは食った相手を内側から支配するところ。ただ食われてやっている訳じゃなくて…」

スピーカーになっていた留守番メッセージは室内に引っ張って来た固定電話から、電話を取ったノーマークの他にジオにも聞こえた。

声の主は少年だった。

少年の声は堂々としていて少しも怯えた様子もなかった。

誰かに言わされている訳ではないことは容易に分かる。

「この肘なんかは時々、バナナの皮のようにぺろんって捲れてね。栄養が豊富な僕の体は…ここにいろいろなものが巣くってれる。蝶とかアリンコとか」


お昼頃、臨時ニュースが追加された。

この部屋のテレビはリモコンの電池切れでテレビはその三時間前から見るのを諦めていた。

「ふーん、なるほどね。坊やがパージ(分離精度)13かと思ったけど私の間違いね。グレイド(精度)はまだ私には及ばないわ。パージ10の液状化レベルが関の山、マージ(融合精度)は3から8、凡人の力よ。あなたがどう努力してもね」

これは明らかにノーマークの挑発だった。

実際はパージ13、マージ8以上、真面に相見えたら無傷では済まない。ただ、年齢から戦闘経験(実戦)は皆無と判断したことから対応は変化した。


故にそこで動揺して手懐けられればそれで良し、挑発に乗ってジオへの執着がなくなればそれも良し。


だが本筋はこの手に乗るかどうかの話ではない。


また、ジオの肉体がどの程度この少年(ガキ)に浸食されているか、その心配も今はいらない。


耳元のスピはギャーギャー泣き叫んでいるけどこれも結構煩いけど気にしてはいけない。


問題はこの部屋から出られても外には監視カメラがあること。


そして私の顔は今、ビルギッタ・エレーンの素顔(ソバカスに眼鏡、三つ編みの浮かないビルギッタ)だというところ……


スマートでスタイリッシュなノーマークとは遠く及ばない。


何故か変身が封じられている。


留守番電話はこう続ける。

「どういうことか分かる?知らず知らずに僕の体の一部を空気や湿気、指紋の後からとても微量だけどお姉さんたちは摂取しているという訳さ。だから動けない」

「あなた、この家の子ね。そしてこの部屋片付けはしてあるけれど…」

「そうだよ。ここさ、僕の部屋」

「ご両親は…」

「まさか止めろよ。いくら何でも二人が僕を食べるなんてことはしない。出て行ったんだ。僕を残して、…ところで他に誰かいる?さっきからしくしく鼻をすする音がする」

「テレビよ」

「テレビは、(ありえ)ない。教育に良くないから僕は見ない。点かないだろ?分かるかい。僕はそう簡単に倒されやしない」

「いいえ、答えはいいえ」

「体の動きももうじき止まるよ。喋るのも少し疲れた?」

しばらく沈黙が続いた。

「まさかよ。あなたを倒すのは喋り続けることだと信じているのよ」

「どんな話?…僕を倒すってどんな話?さっきのいいえって誰に言ったの?」

「…速報が流れたのよ。さっき」

「何のこと?」

「ここに着いてすぐ、ニュースはその後の速報で仲間が知ったの。涙もろい子でね。すぐウルウルするの。すぐに助けたいって、だからいいえと答えた」

「それとこれと…」

「あなたのことは既にジオが見つけている。私はただのオトリで、えーっとあなたの名前は篠前透。年齢は13才かな。カッコイイ名前かどうかは分からない。だってあたしガイジンだから、あ、名前や年齢は何故(分かった)かって聞いたことあるでしょ。プロファイリングよ。どう観念した?」

「何故、いつ?僕はまだ敗北していない。まだ現状は保たれている」

「君は今、どこ?」

「何を急に」

「複数に意識が個別に働いているから気づいていないかも知れないけど、君が行かないと、帰る場所がなくなるのよ?その耳で聞いてみる?」

ビルギッタ、いいえ、ノーマークはニュース動画サイトの再生ボタンに触れた。

…………

すると少年(篠前透)の支配はこの部屋から消えた。

ゆっくり目を覚ますジオ。

「…ノーマーク、あたしがここにいるのにどうやって少年のことを見つけたと言うの?」

「半分嘘でもう半分…」

「ハッタリね」

ノーマークは柔らかいベッドの上でレモンを切り分けた。

レモンを囓る。

裸のジオは、シーツに包まりながら、

「美味しい」

と、呟いた。



この日の午前9時半過ぎ、都内の『あひるの幼稚園』でお散歩保育が始まった。時間を掛けて、ゆっくりスケジュールは組まれた。

日差しのあまり強くない午前中、花丸公園にお散歩する園児たち。

子供たちに体力のある内に優しく注意を促す保育士さん。

そこに似つかわしくないジャスト身長2㍍5㌢もある青いジャージー姿のタワー(彼女の名誉のためにフォローするとまだうら若き勇猛果敢な女性)がぼーっと突っ立っていた。

出会い頭、園児は泣き出す。

「泣かないでね。泣かない。あ~泣かないね」

スピは、すぐにしゃがみ込みあやす。

「ピーピー泣くな。だからガキは嫌いだ」

と、いつもより小さな声でロンは優しく言った。「ほらよ。男前(ハンサム)!」

男の子の脱げた帽子をかぶせてやった。

数分もしない内に、

「次はあの背の高ーい人(お姉さん)の前に集まって」

と、スピは勝手に仕切り出すようになる。

もう、保育士さんともすっかりスピは仲良しになって軽く談笑までしてる。

タップは子供たちに追いかけ回され、ズッコケもせず、ちっとも息切れもしないもんだから、もうみんなヘトヘト。

「タップ、本気にならないで、子供たち疲れちゃって帰れないよ」

スピは転んだ子供の怪我を治したり、忙しい。

「あれ?けーちゃんがいない」

随分遊んで時間が経った後、ある園児がいなくなった友達を探している。

保育士さんたちにも緊張が走る。

手を繋いで人数確認をしてみると森野慶ちゃん

がいない。

「さっきまでそこにいたのに、みんなが見てたのよ」

スピは人目もはばからすポロポロ泣き出す。

するとロンはいなくなっていた森野慶ちゃんを連れてやって来た。

「この子道路に出た中学生くらいの子が車の事故に遭ったのを見たんだって。だからショックで動けなくなったんだね」

スピは安堵からまた、ギャーギャー泣き出す。

そして現状をノーマークに伝えた。

伝えた…伝えるのはいいけどスピの報告は10分置きにわーわーギャーギャー、園児たちはもうとっくに園に戻ってお昼寝のお時間だというのに、スピと来たら…

「元気出しなよ」

と、まだ小っちゃな女の子にも言われる始末。

ロンが代わって話す。

「氏名までは明かさないんだけどさっきのあの子(森野慶)が言うには(篠前)透お兄ちゃんだって、よく遊んでくれたから覚えてるって」

スピの目は異常に腫れぼったい。

「もう、だめ!死んじゃうよ。あたしが行って助けなきゃ」

スピがロンを投げ飛ばす勢いで電話に割り込む。

「いいえ。答えはいいえ」

「そんなあ」

「って言うか何で(GPS)あんたたち、その子の家にいるの?」

「あ、切りやがった!ノーマークぅ!クソ、こうなったらググって速報を送りつけてやる!」

スマホに向かって怒鳴りつけるロン。

「ノーマークにGPS機能なんか勝手付けるからだわ。ロン、彼氏みたいなことするからよ」

手を広げて呆れるスピ。

「マジむかつく」

地面を蹴るロンに対して、スピは、

「どちたんでちゅか?保育士さんがそのお顔のイライラ見ましょうねーえ」

今度はロンが呆れて吹き出した。

「あらあら、泣き虫な保育士さん。今夜はあなたのトイレ掃除。誰も代わってやんないからね。覚悟しな!」


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