第8話 ⑮ペインキラー ⑯0か100か

閉めた蛇口から伝う水滴の音で彼女は目を覚ました。

「いい加減なんだ。あの酔っ払い…女は引っ込んでろだって」

「そんなこと言わないでノーマ」

「何よ?その呼び方、スピ」

医務室に向かう船の中の長い廊下でノーマークの愚痴を聞くスピ。

「あたしのスピも簡略化されたものなんですよ」

「はいはい分かったって。で、何の用?」

「ロンが倒した敵の容態を診に来たのよ。今やあたし船医です」

医務室のドアを開け、スピがドクターの椅子に座る。

「それで~スピ船医、その制服(白衣)いかにもね。悪気はないけどどうも医者は苦手なの」

ドア口で別れて、自室に戻ろうとした矢先、

「あ、あの女どこ行った?」

直線で医務室から200㍍離れた一般客室で見張りをしていたロンが息を切らし、

「あ、ロン」

「…いない…消えた…ノーマークどうする?船の中は広過ぎる」

「甲板は見たの?」

「航行中の船から飛び降りたらどうなるか分かる?」

「それでも、それを…」

「バカね。あなたたちは」

淡青ワンピの女がタップに捕まって医務室に運ばれる。

「客室の化粧室が汚れてて使えなかったから出歩いたまでよ」

あの戦闘力は本当にこの人のものだったの?と、些か不審に思うロン。

か弱で華奢、血管が透き通って見えて、肺でも患っていそうと危惧するスピ。

「何が言いたいか分かる。あたしはナイフと結合した人間、あたしは大好きだった彼に刺された。そのまま死の境を彷徨っていた」

「やっぱりね。あなたは利用されたのよ。被験者としてあたしたちと同じ…」

「何言ってんの?スピ、あたしたちと同じ訳ないじゃない。あんた、博士に何されたか分からないけどあたしたちを恨むのはお門違いよ」

ロンは訴える。

「バカね。あたしは…あたしには選択の余地がなかっただけ、博士なんか知らないわ」

「嘘よ!絶対」

更に噛みつく。

「まあ良いじゃない。あんたはこれからその怪我を治す。治るまでは休戦よ。でもやるなら、治療は諦めて(止めた途端すぐ死ぬけどね)船医、それでいい?」

頷くスピ船医。

ノーマークの判断は的確だ。

「それよりジオは?」

「彼女ならもう車椅子は必要ないってプールに泳ぎに行ったわよ」

「この船ってどんだけ豪華客船なのよ?しかもあの船長、タイタニックしなきゃいいけど」

と、ロンが嘆いた。



工業地帯、夕暮れ、金色に輝くコンビナートが作る影を日差しがより際立たせる。

三日間も適当な場所を寄り道した挙げ句漸くたどり着いた。

ちっちゃな島国だけどスピの国はジオにとっては理想の国だった。

「幸せそうな国ね。スピ」

「そうよね。ジオ、私はあなたに連れられてあの島に閉じ込められた訳じゃないから、来るのは初めてよね。私も夏休みに世界を旅してた普通の学生なのよ…」

「あたしが悪かったわ。ごめんなさい。スピ」

「でもお陰で人に役立つ仕事ができそう」

「スピ?どっち、褒めればいいの?慰めればいいの?」

「あ~あダメダメ、この子はこういう子なの。放っておいて、さあ着いたわよ!みんな準備して!」

タワーがデカい声を張り上げる。

でも相変わらずゴタゴタが始まる。

「タワー煩い!」

「ジオ、車椅子はいいの?」

「スピ、他人の心配はいいから自分のことなさい」

スピの部屋は散らかり放題。

「片付けられない人なの?」

「タップお願い」

「いつもあたし、スピ覚悟なさい」

「あたし同室はお断りだわ」

ロンが心の声を漏らす。

「ノーマークは?」

「あの飲んだくれ船長とやり合ってるわよ」

「お先に!」

船乗りが持つようなズタ袋を肩に引っ掛けて、タワーがスロープの付いた短いタラップを降りるとそれは始まった。

「0か100だ」

声が聞こえる。

「まだ100じゃない。去れ」

「あんた誰?」

まだ陽も長く宵の口だというのに、不思議と辺りは暗闇に包まれていて顔は見えない。

「おおーうわあっー」

タワーは叫び声を上げた。

…まだ100じゃない。去れ…まだ100じゃない…











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