第5話 ⑨MAD.Dr ⑩97/10

街行く人ー…

一人の少年が立っている。

少年は喋りかけるが誰一人立ち止まらなかった。

「100年前、ここは別の島だった。ここを別の名前で呼んでいた」

少年は声を大にして訴える。

働き詰めの労働者が酔いに任せ、奇声を上げる。

その声に押し負けて声は掻き消された。

「…島ーー」

少年が本を片手に突っ立っていると邪魔だと体格の大きな大人に蹴り飛ばされる。

少年の名前は、都築夏生(つづくなつお)

重機が島を壊して、漁師たちを島から追い払った。

夏生は島に残り、博士と呼ばれるこの島の支配者に出会った。

だが被験者の一人として通された一室で膝を抱え蹲る少女を見た。

博士はジオとだけ呼んでいた。

「名前は」と夏生が 聞いてもジオは首を振り答えなかった。

両親と引き離されたジオは、すべての抵抗を止めていた。

泣き叫ぶこともしなかった。

右腕に刻まれたタトゥーは1/1まるで機械のように扱われていた。

だけど何の気まぐれか夏生の持っていた本には興味を示した。

「ごめん。この本は大事な本なんだ。だから君には見せられないんだ。許してくれ」

ジオは軽く頷く。

ちなみにジオの毎日はあらゆる人体実験をパスしている。

しかしその光景を覗き見た夏生にはジオの存在は、やはり恐怖にしか映らなかった。



「サーマッシュ シルブプレ」

「…ヴィシソワーズをお持ちしました。他にご用は?」

クールなギャルソンがフランス料理を運ぶ。

客は彼を入れて10名、彼を除いた他9名が全員ぴくりとも動かない。

「あなたは何故、これを食されても平気なんですか?」

ギャルソンは尋ねる。

「確かめたかったんだよ。特種免疫抑制剤の効果を、しかしこの錠剤は一時的な効果で終わる」

「ヴィシソワーズは一滴でも致死量、それを何とキュイエル(スプーン)一口も食すとは」

「失礼ですがあなた様のご予約名は」

「キルだ」

「お名前承りました」

「サーマッシュ シルブプレ」


「世界が終わるくらいの衝撃だったわよ」

タワーがタップとスピに話題を振る。

3人で再びグループ通話を続ける。

スピがいつも意味不明な長話をテンション高めに話すので他の3人はチャットを送り合うようになった。

だがジオが瀕死の状態でホテルLisboaの3階から投げ出された一件でチャットは止まり、通話もしばし途絶えた。

マネキン使いのジャンの無差別マリオネット効果の影響も相俟って救急隊員もすぐには出動されず、救急搬送は困難を極めた。

そのマネキン使いもレジナルド・ロスがノーマークから姿を消すと同時に消えた。

スピが少し威張って見えるのはジオをすぐに看たこと。

スピが直接触れず手を翳した骨折箇所が打撲程度に回復していく。

「何故、こんなことが?」

「あら、不思議なことかしら?足が速くなることや力が増すよりも驚くことでもないと思うけど」

スピの能力は普通の自分で治せる怪我や病気には作用することはない。

今回のジオの場合、かなりの深手で見た目も充分に重傷だった。

ジオの可能な自己再生能力の限界に応じて治療された。

そしてジオの車椅子生活は再び長引いた。

「スピ、ありがとう。あなたの国を見てみたい」

と、ジオに言われ、スピは内心とても嬉しかった。

でもロンはスピをいつも突き放すから表面的には何事もなかったように、

「それ程でも」

と、答えるのみだった。




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