第4話 ⑦「ホテルLisboa」⑧Biologicalreaction「生体反応」
ホテルLisboaは内乱が続くこの国全体の希望の象徴だった。
しかし紛争は街だけじゃなく国の景色を一変させた。
「妙だな」
レジナルド・ロスと双眼鏡を覗くジャンが話し込む。
「よく見ろ。そう思わないか?」
「爺さん見てないだろ?」
「若造!お前が見て私に伝えろ」
「いや、特に何もないが…いったい何だ?」
「教えてやれんな。実に滑稽でな」
ジャンは何故か背中にジットリ汗を掻いた。
「爺さんこれってさっきの仕返しのつもりか?」
と、言いつつもジャンの目は笑っていない。
「祝杯を挙げんか?若造!」
「糠喜びは止せ」
「…洗面所には窓がない。ここから歯ブラシが高性能双眼鏡(それ)で見えたか?」
「何だ。通じてなかったのか?爺さん冗談だ」
「…けりは着いた」
「何」
くるりとジャンが振り返る。
「この写真は私が撮ったものでなくてはならない」
ジャンは微動だにしない。
「そら、また動いた。部屋の写真は直接、私に働きかけるeyesは私の目だ。寝室でぴくりとも動かず寝込んでいる」
ジャンは唾を飲み込んだ。
「あの部屋は唯一海が一望できる。きっとジオが気に入ると思っていたぞ」
「何が動いた?」
「条件の続きだ。言葉は動作を意味する。絵は一切意味を持たない。Closedは閉め切るという意味。誰も出さないし、誰も入れない。今、動きを聞いたか?それは水だよ。今、ホテルに水を溜めている。洗面台にはBreakと書いておいた。最後にドアの下に置いた茶封筒は誰も見なくても構わない」
「何故だ?何故そんな説明をする」
「茶封筒は昔、私が使っていた手法だ。今(画像送信)はもっと簡単だろ?ほほう…まあだぁ信じているのか?自分の変装がこの私にバレてないと」
「そうか。…本物のジャンはジオの代わりに眠っているわ。あの部屋で」
ジャンの肌がメリメリ剥がれ骨格と髪が柔らかい女性のものになる。
何と姿を現したのはノーマークだ。
「面白い。あの男とて覚悟している」
レジナルド・ロス、60代男性移民アフリカ系黒人。渋い顔つきをしている。
今日はとても饒舌だ。
「もう一枚残っている。これは何だ?そうそう奥の手だよ。忘れていたな?私は完全主義者なんだ」
「最後の一枚は水槽だったわ」
このときは彼は少し陽気だった。
普段は浮き沈みもなく、冷静沈着で淡々と熟す彼だが彼にも彼なりに箍(たが)が外れる時がある。
「これはある魚の稚魚だ。最後の一枚は封筒には入れないでドアの下に滑り込ませる。短時間で水槽を抜け出して暴れるくらいの大きさになるだろう」
ジオは眠っていた。それは深く。
2階右端の部屋は実は木々が邪魔で海が見えない。
ジオの身体的疲労度は常にマックスで通常の生活を熟すことは彼女にとっては大変困難なことだった。
声を張り上げることもままならない。
だから、最高の眺めを期待して3階中央はジオは決して選ばないとノーマークは踏んでいた。
「あの部屋は孤立している。まさか」
だがそれはノーマークの思惑と違っていた。
ノーマークは誰よりも早くホテルに近付いたが決して近寄らなかった。
駐車場が空っぽなのに満室に近い混み合い方は異常そのものだからだ。
だが他の者にそれは伝える術はなかった。
堤防の辺りで釣りをする爺さんを見つけるのは容易かった。
車があるのはこの沿道で一台だけだった。
ジオについては読まれた通りだったが、スピとタップとロンは何とか窮地を脱した。
タワーは自分が動くと行動が見透かされるとしてホテルに居残る。
加えて何かあったときにジオを助ける役割が誰もいないことはノーマークいやみんなにとって損失だと心得ていたからだ。
ジオが目覚めると体が浮いていた。
だが気を抜くと水が顔にかかる。
なまじ体が動かないことで暴れることもなく、静かに二、三時間は浮いていられた。
当然、ジオにはヨガを子供の頃習った記憶はないが自然と呼吸はそれに近いモノを修得していた。
「やっぱりこの部屋にして良かった…」
「あんたなの?もう絶望的かと」
「タワー」
「ジオ、あんたキュートね。声とてもクールよ」
ジオの不自由な目と耳が急激に良くなった。
詳しくは判らないけれど直感で何者かの力が作用していると理解した。
タワーのパワーがジオに伝わっていることにも漸く気づく。
脱出方法は写真に書き込むこと。
写真はホテルの中、スマホの電子画像は意味がない。電子画像じゃない。
事務所のファックス、ノーマークが正解を探し出した。
「いいか?マネキン使いジャンよ。空振りの方が大事なんだ」
と、レジナルド・ロスが私に話した、あの言葉が蘇る。
「それで敵に塩を贈ったつもり?」
その時すでにレジナルド・ロスの姿はなかった。
本物のジャン。2階右端の部屋から声がする。
「あの、デカいの、覚えてやがれ!おれをこんな所に縛りつけやがって!」
解き放たれたホオジロザメが窓にジオを素通りして衝突する。
ひび割れた窓を見てジオは彼らに着いて水の中から空へ勢い良く飛び出した。
「ジオーッ!!」
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