序章 俺の記憶、もとい俺のものではない記憶
「はあ……ふう……」
どこからか苦しげな荒い吐息がきこえた。
目の前に広がるのはひどくおぼろげな景色。俺は今、かなり朽ちた山小屋の中にいた。
床にはところどころ腐った箱馬。正面の大きな窓にはヒビが入り、薄く汚れがへばりついている。そこから差し込む鈍い陽光が部屋中に浮かぶ埃や塵に反射して、幻影のような曖昧な景色を作りあげていた。
俺の口の中には綿がつめこまれ、下あごと上あごの間に布がかけられ、後頭部できつくしばられている。いわゆる猿ぐつわだ。
両手は体の後ろで縄のようなものでしばられ、足も同様にしばられている。
その時、視界の端で何かが鋭く光った。
「はあ……はあ……」
また吐息がきこえた。おそらくは幼い少女のものだろう。背中にじっとりと汗がにじむ。
「ふう……」
まだきこえる。さっきからきこえるこの吐息は俺の近くからきこえる。しかも、極めて近くから。
それもそのはず、その吐息は俺の口から漏れているからだ。
そう。この記憶は俺のものであると同時に、俺のものではないのだ。
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