第4話 魔術師、追いかかる

翌日、宣言通りアリリンの部屋に来たエルンスト様は、すぐにわたしを連れて護衛隊の書斎へ向かった。

教会内に設けられた広い護衛隊事務所の一角にある書斎は、過去の護衛記録が残されている書物が並んでいて、まるで小さな図書館。

あまり出入りのない部屋に見えるけれど、厳格に規律を守った彼らによって綺麗に保たれているようで、清潔感のある空間になっていた。



「お邪魔します……」



護衛隊に割り当てられた部屋は、侍女たちにとって騎士の邪魔にならないよう近寄らないところ。

聖域以外はどこへでも歩き回り熟知するわたしたちでも、ここだけは気を使ってしまう。


そんな姿ににこにこと楽しそうなエルンスト様。

きっと今のわたしを『借りてきた猫』だと思っているに違いない。

癪なので、無視することにする。



「さて、早速ですが始めましょうか」



部屋の中央に2つの長机がぴたりと寄り添っていた。

その上には昨日見た紙束がいくつかに仕分けて置かれている。

近くには白い紙とペン、いつでもメモ書きができるように配慮までされていた。



「ええ、そうしましょう」



準備万端とばかりに置かれた椅子を引いて、わたしは腰掛けた。



「……」

「……」

「あの、エルンスト様。横に座らず向かいに座っては?」

「駄目でしょうか?」

「駄目というか……お互い書類の確認の邪魔では?」

「お気になさらず」

「……」



そういってさっさと隣に腰掛けてしまうエルンスト様に、わたしは小さくため息をつく。

邪魔しなければ別にいいか。

近くの紙束を手に取った。




――――――――――――――――――




犯行予告の手紙の繊維から割り出した店の販売記録は、思ったよりも簡素で情報はすぐにまとまった。

直接店に来た客の記録は残っていないものの、店にとって消耗品である紙は大口顧客との取引が主な収入源。

しかもある程度相手は決まっていて、いわゆる『お得意様商売』を生業としているようだった。



「カルスル家にパラーシノ家、あとはリリア公爵家の分家に一部だけ、あとは加工業者といったところでしょうか」



アリが持ってきてくれた昼食のサンドウィッチを頬張りながら、エルンスト様はそう結論付けた。



「エルンスト様、以前お話しした『怪しい男』の話、覚えていらっしゃいますか?」



アリリンが最後に教会から公の場に姿を現したあの日。わたしが見つけた怪しい貴族の男のことだ。

すぐに皆に伝えてはいたものの、犯行予告の手紙のせいでうやむやになっていた。



「君が見た青年の話ですね。今挙げた家に若い男がいないか知りたいといったところでしょうか?」

「ええ。わたしにとってはどの家も格上で……あまり詳しく知らないのです」



エルンスト様のご実家、シャーニール家は侯爵家の中でも上位貴族の扱いを受けており、曾祖母そうそぼは王族だったという。

そのような立場であれば深くなくとも関わりはあるはず。

エルンスト様は少し考えた後に、こちらに笑いかけてきた。



「……妬けますね」

「はい?」



表情と言葉が食い違ってるような気がする。



「目の前にあなたに恋する男がいるのに、他の男のことを考えるなんて」

「はい!?ちょっと、ふざけている場合ではありませんわ!?」

「ひとつお願いを聞いてくれたら何でも話してあげましょう」

「取引ですって!?」

「まあまあ、簡単なことですよ」



エルンスト様はそう言って笑みを深くすると、自然な動きでわたしの手を取った。

かっと体温が上がる。

ひい!

エルンスト様にバレないといいのだけれど。



「僕の手を両手で握って、僕の目を見てお願いしてください。『教えてほしい』と」

「ええっと……それだけですか?」

「ええ、それだけです」



何を言われるのかとドキドキしたけれど、案外簡単なことだった。

そのくらいならいいか、とわたしは抵抗もなく無言で彼の手を握る。

その途端、びくりと反応したのはエルンスト様。

急に彼の手のひらが熱くなった。



「どうなさったのですか?」

「い、いえ、なんでもありません、続けてください」



思わず首を傾げたけれど、エルンスト様の骨ばった指と大きな手はさらに熱さを増す。

早く済ませてしまおうと、わたしは彼の端正な顔を見上げた。



「若い男がいる貴族の情報を教えていただけませんか?

お願いします、エルンスト様……」

「っ!」



じっと見つめること3秒。

エルンスト様はすっかり頬を染めてしまっていた。

照れているのだろう、わかってしまうが故に、わたしもだんだん恥ずかしくなる。



「あ、あの、もうよろしいでしょうか……」

「も、もう、ちょっと良いでしょうか……」

「え、まだ、まだやるんですか……?」

「あなたが、こちらを真剣に見てくれださるのが貴重で……申し訳ありません」

「それは、あなたの顔が綺……いやなんでもありません」

「今……なんと……?」

「……」

「……」



「もういいですよね!?」

「ああっ」



我慢できなくなったわたしは勢いよく彼の手を叩き落とした。

かなりの強さだったので一瞬申し訳なさを感じたけれど、痛い……といいつつ嬉しそうに手をさする様子を見て、そんな気持ちは消え去った。



「それで、教えてくださいます?」

「はい……この店の取引先で青年がいる家は『カルスル家』です。

正直、僕の推測通りです」

「推測ですって?」



犯人の目星がつくまでまだまだかかると思っていたのに、こんな早くわかるなんて。

驚きで思わずわたしはエルンスト様に顔を近づけてしまった。

まずいと思ったけれど時すでに遅し。

ぽんぽんと頭を撫でられてしまった。



「ちょっと、何をされるのです?」

「ちょうど近くに撫でがいのある愛らしい頭があったもので」

「……」

「その冷たい目線も堪りません、しばらくそのままでお願いします」

「……」



熱さがまた顔に集まりだしたので、わたしはそっぽを向いた。

残念と声が聞こえたけれど、

無視、

無視、

無視だ無視!



「どうしてその推測に至ったのです!?」



視線の先にたまたまあった本棚に向かって乱暴に聞いてみれば、笑い声と共にエルンスト様が口を開いた。



「『カルスル家の長女』は元聖女候補です。生まれた時から次期聖女だともてはやされていましたが、後に生まれたアリリン様の能力が非常に優れていたので落選しました。

しかし、彼女もまた優れた神力の使い手です」

「カルスル……聖女候補……ああ、なるほど」

「カルスル家は事業が上手くいかず下位貴族の扱いをされ始めていたので、聖女を輩出することに躍起になっていたと聞いています」

「アリリンが聖女になったことを恨んでいるのですね。

アリリンが外国へ行ってしまえば次に優秀な彼女が聖女の座に就くと信じていらっしゃると」

「ええ、『』をご存じないのです」



ようやく冷静になってエルンスト様の方を向けば、彼は楽しそうな笑顔に戻っていた。



「秘密も何も、知っていて当たり前ではないのですか?」

「あなたはもともとアリリン様の傍にいましたし、あなた自身も召喚師――つまり、魔力の扱いに詳しい方。自然とわかっているだけですよ」

「そうなのですか」



さてと。

散らばった資料を指一本の魔法できれいに整えながら、エルンスト様は口を開いた。



「次はかの家の調査になりますね。ご予定はありますか?」

「騎士団に突き出すための証拠が必要ですわ。それを集めるのが次の予定です」



わたしは返答しながらついつい令嬢らしからぬにやり顔をしてしまう。



「具体的に言えば、筆跡鑑定に指紋採取、あとは魔力残滓ざんしの採取ですわね」

「つまり、カルスル家のかの青年からそれらをいただいてくる必要があると」


「ええ、だから、精霊生物たちの力をお借りするわ」

「ああ……なんということでしょう」



その言葉にエルンスト様は片手で顔を覆った。



「あなたの召喚術が見られるのですね。もっとも美しく愛らしい、言葉で表現ができないあの姿を……」

「大げさでは……ないかしら」

「いいえ、大げさなどではありません。


僕にとっては、まったく」



首をかしげてみせたけれど、彼はそれ以上の言葉を紡ぐことはなかった。




――――――――――――――――――




思い立ったら即行動。

わたしたちは馬車に乗り込み、王都の外れに来ていた。

夏の日差しは昨日よりもずっと強く、目がちかちかと不満を訴えてくる。



「人目を気にする必要がない夜に動くと思ったのですが、意外ですね」

「昼間の方が都合が良いのです」

「ほう、それは精霊生物の特徴ですか?」

「ええ、これから召喚する子は日中の方が良いのです」



わたしたちが向かっているのはカルスル家の近くにある小さな宿場町。

王都とリリス公爵家領の境目にあるこの町は、商人や旅人、出稼ぎの人々がおのおのの街へ行くための出入り口になっている。

ここから公爵領の中心地までは馬車で3日ほどかかるので、宿屋や食べ歩きができる商店街と宿が町のほとんどを占めていた。


カルスル家はここで宿泊事業に出資しているけれど、南方で勢力を伸ばす一団に宿を立てられてからは劣勢だとか。



人の出入りが多いひときわ大きな宿屋を見ながら、わたしたちは近隣のカフェの2階で作戦会議を開いていた。



「まず、筆跡鑑定に指紋採取といった個人の情報は、基本的に盗んで得たものじゃ証拠として取り扱うことはできませんわ。だってそれが本人であるか証拠がありませんもの」

「その通りです、ファシリナ。なので青年――ミハル・カルスル本人であると証明できるものを手に入れないといけません」

「狙うは公的書類、そうね、彼のサインが入ったようなものですわ」



エルンスト様は丁寧な所作でケーキを頬張った。

甘いものは好きなようで、わたしよりも紅茶に入れる砂糖もミルクも多く、選んだケーキはシロップが零れるほどかかっているものだった。

涼しい顔して甘いものを楽しむ姿に、少し遠くに座る女性たちの一団の視線は熱い。


気にしないようにしながらチーズケーキを一口入れて、わたしは小さな声を出した。



「向こうが『紙』で仕掛けてきたのですもの。こちらも『紙』でお返ししなければいけません、ふふ」



ああ、またにんまり顔をしてしまった。

そんなわたしを咎めることなく、エルンスト様が口元を抑えて笑い声を漏らす。



「ファシリナとデートは想像以上に楽しいですね。そのころころ変わる表情が特に見ていて飽きません」

「デッ……も、もう、そろそろいきますよ!」

「ふふ、はい、わかりました」



いよいよ作戦決行だ。

人気のない裏通りまで移動したわたしたちは、自身に透明遮音魔法をかける。

わたしは羞恥心をかなぐり捨てるように集中し、大きく息を吸った。



『チュチュにちは』

「こんにちは……じゃなくて、チュチュにちは」

『チューチュー、われらを呼んだのは貴殿チュか』

「チューチュー、その通り、皆さまにお願いがあって呼んだのでチュよ」

『ほう!それは面白いものでチュか?』

「もちろんでチュよ!ちょーっとあるお屋敷を思う存分駆け回って、いたずらしてほしいでチュ」

『面白そうでチュ』

『楽しそうでチュ』

『やるでチュ』

「ありがとでチュ!」



「はあ……本当に可愛い……好き……」



精霊生物が消えた後、脱力してしゃがみこむなり悶えるエルンスト様。

わたしはその姿を冷たく見下ろしていた。

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