第3話 召喚師、追いかかる
「いったい誰かしらこんなことをしてくる不届き者は精霊生物たちの力でボッコボコにしてやるわいやわたしの魔法で直々に灰燼に帰してやるわ」
「落ち着いてお姉さま」
「良い提案です、ファシリナ。まずは僕で予行練習はどうでしょう?」
「ややこしくなるからお前は黙っておけエルンスト」
わたしとエルンスト様の言葉に、妹と司祭オーフェンは至極冷静に言葉を返した。
聖女アリリンに届いた犯行予告。
それは『彼女を誘拐し、他国へ売りさばく』という内容だった。
この世界の情勢は安定しているとは言えない。
いつでもどこかの国は戦争しているし、飢餓や災害で苦しむ国は後を絶たない。
まれに生まれる聖女の存在は、どの為政者も欲している。
歴史上、聖女が他国へ売られることは少なくなかった。
政略結婚だったり、人質だったり、本当に金銭のやり取りが発生する人身売買だったり、手段はさまざま。
そして今の時代も、他国へ行ってしまったが最後、戦争でもしない限り戻ってくることは難しいとされている。
だから、この犯行予告はかなり現実的かつ残虐的な内容だ。
「アリリンはしばらく民衆の前に顔を出すのを禁止、王都以外の教会へ行くのも禁止。なんならそれ以外の外出も禁止」
「ええっ」
「当たり前でしょ」
オーフェンは短い黒髪の隙間から上位聖職者の証であるピアスを揺らす、ララ・シシア教会の司祭。
本来は各地の教会で教えを広める立場だけれど、聖女の公務を管理する役割を任命された若い男性だ。
エルンスト様とは昔馴染み、アリリンと同い年で、度胸がありすぎるサボり魔、まるで格好だけ司祭っぽい青年という感じである。
気になる言動はあるにせよ、彼の緩さのおかげでアリリンが聖女の生活に早く慣れたのだから、一概に否定はできない存在だ。
「しばらく護衛部隊は増員、監視を強化することでガングルグのおっちゃんとは話してある。ほかの魔術師のとりまとめも頼んだから、エルンストは教会に滞在して独立監視を頼むよ」
「わかりました」
「じゃ、解散で」
「ちょっとまってオーフェン!この手紙の持ち主の捕縛は?調査は誰がやるのかしら」
「しないよ」
「え?」
捜査をしないですって?
「聖女の誘拐予告なんて大衆どころか貴族にバレたら大騒ぎだよ。特にアリリンはね。
他国に広まれば混乱に乗じて本当に誘拐しようとしてくる国も出てくるかもしれない。
だから向こう数年は外出制限は解除されないと思っていいよ」
「そんなの……」
アリリンに視線を向ければ、彼女は寂しそうな顔をして頷いた。
心が締め付けられる。
「仕方ないことだよ。お姉さま。私は大丈夫」
「アリリン……あなたがそういうなら。
ちゃんと守るから安心してね」
「ええ、頼りにしてるわ、お姉さま」
彼女はそう言うと、花が咲いたような笑顔を見せてきた。
ウッッッ眩しい。
思わず胸を抑えると、すぐさま肩を抱きに来るエルンスト様。
しっかりと振り払ってから、わたしもアリリンに笑顔を向けた。
アリリンがそう言うのだもの。
あの子が少しでも自由にやりたいことをやれるようにするのがわたしの役目。
しっかりと守っていこう――――――――
「なんてできると思うわけーーーーー!?」
その1時間後、侍女服を脱いだわたしは街中に立っていた。
「絶対許さないわよ手紙野郎!!わたしの可愛い妹の心を傷つけた罪、この手で成敗してやるんだから!!」
正直、こんな事態になっても侍女にできることは少ない。
アリリンの気を紛らわせるだけじゃ事態は変わらないし、根本的な解決にはならない。
幸い、わたしには貴族の肩書がある。
騎士団が捜査していないことだって、犯人を捕まえて突き出せば何かしらの対応はしてくれる。
特に今回は聖女絡みだから相手にせざるを得ないし――というより、むしろ感謝してくれるくらいと思う。
何しろガングルグ様が気をもんでいらっしゃったのがその証左、本当は誰もが犯人を見つけて牢屋に叩き込んでやりたいのだ。
わたしがやるしかない。
『召喚師』のこのわたしにしかできない捜査があるのだから。
「『木の幹の精霊』様ー!」
街並みの隙間、人通りのない小道でわたしは指を回しながら声をかけた。
緑色の小さな召喚陣に声を駆ければ、ぽろっと緑の光が落ちる。
『ハーイ、久シブリダネ』
「お久しぶり、最近の呼吸はいかが?」
『元気イーッパイ!吸ッテ吐イテ~』
「スーハー」
『スーハー』
「ところで聞きたいことがあるのだけれど」
『ナニ?』
「今からいろんなところに行って紙とインクを見せるから、コレと同じ地域の木がないか教えてほしいのよ」
『ホ~ン、イイヨ』
わたしが緑の光に見せたのは封筒だった。
『アリリン』と書かれた真っ白な封筒は、教会の裏手にある勝手口に置かれていた犯行予告の手紙そのもの。
この国において、市場に出回っている紙とインクの質は幅広い。
その質は良ければ高いし悪ければ安い、つまり、階級におおむね比例する。
この手紙に使われたものがどこで売っているのか調べられれば、出した人間の階級が推測できるのだ。
緑の光が胸ポケットに隠れたのを確認して、わたしは王都の城下街を歩きだした。
――――――――――――――――――
1日かかった。
というか、1日で済んでよかった。
すっかり辺りが暗くなってきたころ、帰りの馬車で痛すぎる両足をさすりながらわたしはメモを眺めていた。
『木ト実ノ死ニ具合カラシテ、ココノ紙ガ一番近イネ』
さきほどお別れした精霊生物によると、生まれた時期が同じ紙がたくさんある場所を探した結果、城下町のメインストリートにある手紙屋さんだった。
中流階級以上の貴族なら手を出せる価格帯で、使われていたインクも売られていたのでほぼ間違いないだろう。
犯行予告に使う紙だ。わざわざ高級なものは使わないと推測すればこれだけである程度の人数を絞り込める。
我ながら良い滑り出し!
あとはあの店が取引しているリストを手に入れてみたいけれど、うーん、誰に依頼をすれば良いだろう。
そんなことを考えながら教会に戻っても良い案が浮かばない。
仕方ないのでわたしは裏口から食堂に入り、夜食を食べて今日は休むことにした。
「……」
「……」
「…………」
「……こんばんは、エルンスト様」
食堂に入って開いている席に座った途端、頼んでもないスープとパンが置かれて顔を上げると、見知った美人がこちらを見下ろしていた。
カーテンのように長い髪が揺れて、わたしの顔に影が落ちている。
その微笑みの奥に見える真っ黒な感情に気づいてしまったわたしは、大人しく挨拶から入って様子を見ている。
「こんばんは、ファシリナ」
恐ろしく冷静で感情のない声は久々に聴いた。
いつも仕事中はこの声なのを知っていたけれど、わたしに対して向けられることは稀だ。
だって、こんな声を発するときの彼の気持ちは、ひとつだから。
「ずいぶんと遅くまで外出していたのですね」
「そうですね」
「こんなに日が落ちて時間が経っているのに、おひとりで」
「……馬車に乗っていたのでひとりとはいえませんけれどね」
「その馬車が襲われる危険性は?」
「襲われるって……大げさですわ」
わたしはそう言って渡されたスープを飲んだ。
今日の献立から選ぼうと思っていたものだったのでちょっと癪に思いつつ、彼の琴線にこれ以上触れないようにと思いつつ。
「僕はひどく心配しました」
「……」
「僕があなたを何より大切にしているのは知っているはずですね?そのあなたが僕の知らないところで危険な目に遭いでもしたら、僕はどうなると思いますか?」
「有難いことに心配はしてくださるでしょうね」
「本当はどう思っているのですか?」
パンを割く手が止まった。
おずおずを様子を見てみれば、まばたきせずこちらを見る目と合う。
美人の怒りは恐ろしい。彼の気持ちは置いておいて、本気で心配してくれているのはよく理解できるつもりだ。
今までしてきた努力、その過程で得た幾たびの怪我を見た両親の目と似ている。
「本当は、どう思っているのですか?」
「……ひどく慌てて取り乱して、一生懸命探してくださるでしょうね。
必ず見つけてくださるでしょうし、必要あれば治療してださるでしょう。
……ごめんなさい。わたしが悪かったわ」
「それなら良いのです。次は僕も一緒に行きましょう」
「え?」
護衛隊は騎士団の所属だ。
表立って捜査できない立場の人間が動いて問題ないのかしら。
「あなたの護衛として動けるよう、ガングルグ隊長が取り計らってくださいました」
「なるほど、わたしの護衛……」
わたしはアリリンの侍女ではあるけれど、教会で従事する貴族の令嬢だから護衛がいても違和感はない。
という表向きの理由をつけて、どうせ言うこと聞かないわたしに諦めて手助けしてくださったということなのだろう。
さすがガングルグ隊長。感謝だわ。
わたしも可愛いぬいぐるみ作りを始めてみようかしら。
「それで、次はどのような調査をする予定なのですか?ファシリナ」
「手紙の素材から購入元と思われる店を特定したところです。次はその店の取引状況をどう調査するか考えるつもりですわ」
「それならこちらをどうぞ」
どしん、と衝撃が机に響いたと思えば、わたしたちの間には紙束が数冊落ちてきた。
エルンスト様の転移魔法の類だと思う。表紙には店の名前らしき模様があるような……?
「直近1年の取引リストです」
「え?」
「本来は商売に重要な情報なので開示不可なのですが、幸い
「あら……上位貴族……恐ろしい……」
相当な高値で紙を購入したのだろう。お金の使い方が粗すぎやしないだろうか。
貴族とはいえ、何でも買えるほどの裕福ではない出身のわたしには刺激が強い。
「同時期に作られた紙が市場に回るのは、できるだけ抑えるのが良いでしょう。
次に予告が届いたときに候補を絞るのが容易いですから」
……前言撤回。上位貴族様の考えるお金の使い方は途方もない。
「ありがとうございます。さっそくこの後確認を」
「駄目です」
ポン、と音を立てて紙束が消えてしまった。
手品のような光景に唖然とする。こんな魔法の使い方、見たことがない。
いったいどんな構造で展開された魔法なのか、解析したくて召喚師の血が騒ぐ。
ぐるぐると頭を回転させているうちに、男性の手がわたしの顎に触れた。
夜ご飯でいっぱいだったわたしの視界は、見飽きない美しい顔に変わる。
ちょっと!?こんなところで!?
視線だけ周りを動かすけれど人の姿がない、気配もいつのまにかなくなっていた。
「今日はゆっくりとお休みしてください」
「なっ、そんな悠長なことを」
「歩き回って大変でしたでしょう?僕はファシリナが疲れてぐったりした姿を見たくありません」
「それならわたしを見ないで、ついでに近寄らないで」
「すぐさま抱き上げてあなたの部屋に入り、ベッドで眠りにつくまで添い寝してしまうからですよ?」
「なっ」
「されたくないなら、勝手に危険な行動をしたことを僕に申し訳ないと思うなら、できますね?」
「……わかりましたわ」
「明日午前中に迎えに行きますから、いつも通りアリリン様のお部屋でお会いしましょう」
「ありがとうございます。エルンスト様。
その、今回のことは日々の業務には入らないと思いますが、本当によろしいのですか?」
「ええ、もちろんです。
聖女アリリン様の危険とあれば、取り除くのは護衛の仕事でしょう?
僕はあの方の優しさ、器の大きさを尊敬しているのです。国のためにも失うわけにはいきませんから」
模範のような護衛魔術師の回答だ。そう言って頷く彼はなんだか幸せそう。
待って、なんだか、嫌な予感がする。
「そうですか。では念のため聞きますが、
本当はどう思っているのですか?」
「ふふ。
愛するあなたと一緒にいられて、幸せで胸がいっぱいです」
「~~~~!?」
やっぱり!!
本音はそっちか!!
近づいてくる笑顔に身の危険を感じたわたしは、手を払いのけて目の前の食糧に自分の手を伸ばす。
まったく、すこーし気を抜いたらいっつもこう!
赤くなっている手をそのままに目の前で腰を落ち着けると、にこにことご機嫌で人の食事風景を眺め始めるエルンスト様。
これは自室に戻るギリギリまで居座る気マンマンだ。
思わず握りしめたパンが苦しそうに音を立てた。
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