第495話

 とうとう運命の週末がやってきたわ。

 私はANGEの誰とも合流せず、ひとりでイベント会場へ赴く。

 パワーレコードでCDが販売されてるなんて……詠も大したものね、本当に。私が脱退してもANGEは、妹のGREATESSにだけは負けて欲しくなかった。

 すでにイベントは始まってて、大盛況。GREATESSが歌ってるアニメも放送中だから、やっぱり勢いがある。

 ところが、舞台の上にはふたりのメンバーしかいなかった。

 あれ、詠は……?

「来ました! 大羽し――詠さん、確保です!」

「えっ?」

 舞台ばかり見てたせいで、後ろを取られる。

 私を捕まえたのは……環さん? さらに左右から律夏さん、麗奈さんも現れ、私を護衛でもするかのように取り囲む。

「大羽詠、遅刻で~す! ごめんね、ちょっと通してー」

「すみません、ファンのみなさん。あ……はい、ありがとうございます」

 ファンは道を空け、私たちを舞台へと導いた。

 あれよあれよとイベントステージに立たされ、こっちは大混乱よ。

「ちょっ、あの……律夏さん? これは一体……」

「あたしはアシスタントなんで、よくわかりませーん」

 本物の詠は変装したうえで、お客さんの中に紛れ込んでる。

 まさか……これは仕返し? カラオケで何回も入れ替わりを強要したものだから、妹は堪忍袋の緒が切れ、この悪戯を決行したのかもしれない。

 当然、GREATESSのメンバーは私が偽物だってことに気付いてる。

「フォローはするから。適当に笑ってて」

「そ、そんなこと言われても……」

 ただでさえ緊張しぃの私は、パニックに陥ってしまった。

 何をどう喋ったのか、わからない。かろうじて『ピーマン』『納豆』と口走ったことだけは憶えてて、それが余計に不安をもたらす。

 やがてイベントは幕を閉じ、ファンのみんなは解散していった。

 偽者をひとり入れて、イベントを完遂するなんて……マーベラス芸能プロダクションの臨機応変な実務能力は、まさに驚嘆に値するわね。

 やっと解放された反動もあって、私は妹相手に青筋を立てた。

「……さあて? 詠。説明してもらえるかしら」

 怯える妹ほど愉快なものはない。

「え、ええっと……これはね? お姉ちゃんのためで」

「そうだよ。栞ちゃん」

 そんな詠を庇うように、響希さんが割って入った。 

「本当に来てくれたんだね」

「響希……さん」

 こっちは決まりが悪いものの、響希さんの笑みは柔らかい。

 いつの間にか、律夏さんと麗奈さんの姿が消えていた。この場に残ってる響希さんと環さんは、ケータイでまめに連絡を取りあってる。

「――見つけたっ? ど、どこ?」

「作戦開始よ、響希! 詠先輩は隠れててください」

 何が始まるっていうの……?

 しばらくして、エスカレーターからひとりの男性が昇ってきた。

 うらぶれた印象の中年で、無精髭を生やしてる。

「う、うそ……」

 寒気がした。あれは児童合唱団の先生……神谷次郎が今、私の目の前にいるのよ。

 彼はスタッフの目を盗むように、こそこそと会場へ入ってきた。そして私を見つけ、濁りきった目を見開く。

「お、大羽っ! 俺だ、会いたかったぞ!」

「そこまでにしなよ。オッサン」

 その無防備な背後を、律夏さんが仁王立ちで取った。

 麗奈さんも並んで、神谷を睨みつける。

「今しがた警察には通報しました。これで二度目ですよ? まさか本当に現れるとは思いませんでしたが」

「それだけ追い詰められてるってことだろーね」

 神谷は顔面蒼白になって、狼狽した。

「な、なんだ、お前らは? 俺は教え子に会いに来ただけだぞ」

「栞先輩のこと、勝手に『教え子』だなんて言わないでくださいっ!」

 これは……罠なんだわ。神谷次郎をおびき出すための。

 ただ、この展開には響希さんも驚いてる。

「教えてよ、麗奈ちゃん。そのひとが何なの? 栞ちゃんに何をしたの……?」

「盗作よ」

 神谷の顔から血の気が引いた。

 麗奈さんは慎重に間合いを取りつつ、脇のスタッフへ合図を送る。

「栞さんは当然、響希も知ってるでしょう? この曲を」

 あの『ソラのスピカ』が流れ始めた。原曲は私が書いたものの、神谷の手によって滅茶苦茶に改変――辱められた、偽りだらけの名曲が。

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