第490話
高級レストランはホールも絢爛な造りで、シャンデリアが眩しかった。読書感想文で呼んだライトノベルのように、異世界にでも迷い込んだ気分。
6、7人で囲める円卓にて、ぎこちなく腰を降ろす。
「コートナーさんはまだみたいだね」
これが喫茶店なら、紅茶のひとつでも注文してるところなんだけど。さすがに誰も、メニューに手を伸ばすことすらできなかった。
緊張しっ放しの環ちゃんが、縋るように麗奈ちゃんを見詰める。
「あ、あのぉ……わたし、テーブルマナーとか全然、知らなくって……」
わたしと律夏ちゃんもはっとした。
「そっか、麗奈ちゃんは青龍家のお嬢様だもんね。マナーくらい」
「頼りにしてるよ。お嬢様」
だけど、ご令嬢は『無理無理』とかぶりを振る。
「私のお嬢様部分が付け焼刃なのは、知ってるでしょう? それに実家は純和風だし……ナイフやフォークの正しい使い方なんて、聞いたことも」
「お待たせ」
幸いにして、今日のお相手はすぐにも登場してくれた。本場のウェイター相手に悪戦苦闘するようなピンチを免れ、こっちは胸を撫でおろす。
――っと、挨拶しなくっちゃ。
「あっあの、コートナーさんですか? こんばんは」
「座っててちょうだい」
わたしたちは起立で迎えようとするも、『彼女』はそれをやんわりと制した。
透き通るような金色のロングヘア。美貌と呼ぶに相応しい端正な顔立ち。そして宝石色の瞳が、鮮烈なまでの存在感を発し、わたしたちを圧倒する。
華奢な身体はケイウォルス学園の制服らしいブレザーをまとってた。
「こちらの都合で呼び出したりして、悪いわね。私がケイウォルス学園理事の孫、愛煌=J=コートナーよ。愛煌(あきら)でいいわ」
挨拶ひとつで社交界のワンシーンが再現されるほど。
しかも、傍にはメイドさんまで。メイドさんはエプロンドレスのスカートを摘むと、ぺこりとお辞儀した。
「愛煌お嬢様の専属メイドを務めております、麗河莉磨(うららかりま)と申しますわ。以後、お見知りおきを」
わたしたちは今、猛烈に混乱している。
(めめっ、メイドさんも出てきちゃったよ? これが本物のお金持ちっ?)
(あのお嬢様なら、アイドルだってこなせるでしょ……)
(なのにお金のにおいが全然しませんよ? エレガントすぎませんか、速見坂先輩!)
(お人形さんみたいね……負けたわ)
愛煌さんは金色の髪をかきあげ、くすっと微笑んだ。
「そう緊張しないで。このテーブルは莉磨に担当させるから」
「恥をかかせるような真似は致しませんので。ごゆるりとお楽しみください」
今さら逃げるわけにもいかず、わたしたちは愛煌さんと相対する。
「えぇと……愛煌さんって、藤堂旭と同じ名前なんですね」
「ああ、彼ね? 公演で会ったことがあるわ」
何とか世間話も提供できたよ。その間にもメイドの莉磨さんがグラスを配り終え、ひとつずつ丁寧に飲み物を注いでいく。
「今宵のディナーはコースとなっておりますが、単品をご所望の際は、わたくしに何なりとお申しつけくださいませ」
「は、はあ……」
注文を追加する機会(度胸)はないかなあ、うん。
しばらくして、前菜から順にお料理が運ばれてきた。緊張はしてるものの、お仕事のあとでお腹も空いてるから、食事は進む。
「――美味しいっ!」
「焦ることないわよ。さて……そろそろ本題に入りましょうか」
改めて、愛煌さんはANGEのメンバーを一瞥した。
「……ひとり足りないようだけど?」
「そ、それは」
わたしはぎくりとして、言いかけた言葉を忘れる。
代わりに律夏ちゃんが返答してくれた。
「少し体調が悪いみたいで、先に帰ってもらったんです」
「大丈夫なの? まだ暑いものね」
栞ちゃんの不在については追及されずに済んで、ほっとする。
ところが、愛煌さんはふと麗奈ちゃんに目を留めた。
「あなた、えぇと……名前は」
「速見坂麗奈です」
「まだ名前を憶えてなくて、ごめんなさい。そう……あぁ、気にしないで」
どうしたのかな? 麗奈ちゃんも首を傾げてる。
愛煌さんは手帳を開きながら、いよいよ本題に入った。
「で……そうそう、学園祭よ。十月末にケイウォルスは二日間に渡って、学園祭を開催するんだけど。そのステージでぜひ、ANGEに演奏して欲しいのよ」
これは雲雀さんからも聞いた通りだね。麗奈ちゃんが控えめなりに口を挟む。
「二日とも、ですか?」
「できればね」
私立の高校が文化祭で芸能人を呼ぶ――これは別段、不思議なことじゃなかった。でもね、ケイウォルス学園が今回に限って、わざわざANGEを指名したのが解せないの。
お食事がてら麗奈ちゃんが続ける。
「いくつか質問してもよろしいですか? 愛煌さん」
「ええ。何かしら」
「どうしてANGEを指名されたのか……それ以前に、まだCDの一枚さえリリースしていないANGEを、どうしてご存知なのか。お聞かせいただきたいんです」
愛煌さんは質問の連発にも嫌な顔をせず、順々に答えた。
「当然の疑問でしょうね。質問と順番が前後するけど……コートナーグループはミュージック・フェスタに出資しててね、特に今年は――」
お話によれば、こういうこと。
コートナーグループは毎年ミュージック・フェスタのスポンサーを務めてるそうなの。その活動の一環で、フェスタの出場者をスカウトすることもあった。
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