第491話

「コートナーグループほどの大手なら、著名なアーティストも招集できるのでは?」

「うちの方針なのよ。有名なタレントほど個性が強いし、キャリアに問題がないか洗うにしても、手間だもの」

 愛煌さんは得意げにやにさがる。

「だから手頃な駆け出しのバンドを探して、CMなんかに使うのよ。ずっと使い続けるわけじゃないけど、バンドにとってもメリットは大きい話だわ」

 律夏ちゃんは納得するように頷いた。

「なるほどね。コートナーグループにとっちゃ色々と安く済むし、バンドは活動に弾みをつけられる、と。スタートダッシュだけでも面倒見てもらえるのは、大きいかも」

「でしょう?」

 みんなの視線は再び愛煌さんのほうへ。

「何もあなたたちが新人だからって、買い叩こうってわけじゃないのよ。ANGEを推したのは莉磨で……莉磨? あとはあなたが説明なさい」

「承知致しました」

 愛煌お嬢様の隣に侍っていた莉磨さんが、会釈とともに切り出す。

「失礼ながらガールズバンドは近年、数を増やしておりますが、まだまだ実力が伴ってるとは言えません。大半はファッションに過ぎないというのが、正直な感想です」

「憚らない物言いだね、メイドさん」

「僭越にございます。ですが、ANGEは楽曲の独創性、演奏の技術面、ともに素晴らしいものと感銘を受けまして、今回はお声を掛けさせていただきました」

 そんなに褒められたら、わたしの顔が緩んじゃうよ。

「えへへ……照れるなあ」

「まあ一日目の時点ではスルーでしたが」

 ぎゃふんっ。

 でも初日の顛末を知ってるってことは、ちゃんと観てくれたんだよね、わたしたちのステージを。愛煌さんを少なからず疑ってたのが、恥ずかしくなる。

「あとは、お住まいが近いことも考慮しまして。S女子学園やL女学院にご在学のかたでしたら、ケイウォルス学園までご足労いただくことも、そう難しくはないかと」

「あー確かに。通うのは厳しいにしても、文化祭の一日くらいなら」

メイドさんの話が一段落したところで、愛煌さんが白状した。

「実をいうと、至極個人的な理由もあるのよ。ガールズバンドで華でも添えないと、私が歌って踊る羽目になるから……はあ」

 それはそれで、すっごく盛りあがると思うけどなあ。

 環ちゃんが九月、十月と指折り数える。

「ケイウォルスの文化……じゃない、学園祭が」

「文化祭で構わないわよ。そう呼ぶ生徒も結構いるし」

「えっと、その文化祭が十月の下旬ですから、CDは発売されてますよ」

 律夏ちゃんが指を鳴らした。

「いいね! じゃあライブのついでに、CDの宣伝もしてさあ」

「当日は販売もオーケーよ。こっちで調整しておくから」

 これって、思ってた以上のビッグチャンスかも……。ケイウォルス学園祭の二日間だけでも、相当の見返りがあるんだもん。

「そうそう」

 と、愛煌さんが付け足す。

「ついでにL女との交流も消化できると思って、ね。速見坂麗奈と篠宮環はL女学院の生徒なんでしょ?」

「はい。私が高等部の一年で、篠宮さんは中等部の三年です」

「L女とは長い付き合いなんだけど、形骸化してるって指摘が続いているものだから。ふたりが学園祭の舞台に立ってくれれば、こっちも面子を保てるのよ」

 愛煌さんにとって、ANGEはまさに願ったり叶ったりのバンドなんだね。

 リーダーのわたしはガッツポーズで意気込む。

「が、頑張りますっ!」

「期待してるわ」

 だけど胸の中では、漠とした不安が燻ってもいた。

 栞ちゃんのことが気掛かりで……。

 ベースが抜けるってだけの問題じゃないの。わたしは栞ちゃんと『一緒』に演奏したくて、仲間に誘ったんだから。

 思い出したように律夏ちゃんが、愛煌さんに問いかける。

「もうひとつ質問があるんだけど、いいかな」

「ええ。質問って?」

「ケイウォルス学園は長瀬宗太郎の母校なんでしょ。だから、その娘に目をつけて、ANGEを呼んだんじゃないかって……うちのプロデューサーがね」

 愛煌さんは虚を突かれたように唖然。

「長瀬宗太郎の……え? 娘って、誰が?」

 律夏ちゃんはまだ、長瀬宗太郎の娘がわたし、天城響希とは言ってなかった。その親子関係を把握してるのなら、愛煌さんの視線は必ずわたしに向くわけで。

「苗字は全員、違うはずよね? そっちのあなたかしら」

「い、いえ。わたしじゃないです」

 本当に誰がそうか知らないから、愛煌さんは戸惑ってる。

 わたしはおもむろに手を挙げ、告白した。

「長瀬宗太郎はわたしのパ……お父さんなんです」

「そうだったの? 莉磨?」

「申し訳ございません。わたくしも今、初めてお聞きしましたので」

 莉磨さんと応答しつつ、愛煌さんは肩を竦める。

「要するに……音楽家の父親目当てで、コネでも要求されたらと警戒してたわけね。そして今日は探りを入れようと……ふふっ。なかなか肝が据わってるじゃない」

「ご、ごめんなさい」

「謝ることないわ。でも長瀬宗太郎はうちの卒業生で、今年の夏もオーケストラ部を指導してもらってるのよ? なのに、わざわざ娘のほうにアプローチを掛けるかしら?」

 わたしたちは一様に『あ』と漏らした。

「言われてみれば……パパさんに直接交渉するほうが、早いか」

「雲雀さんがあんなに怪しんだりするから……私もひとのことは言えないけど」

「コートナーグループなら、響希に拘る必要ないものね」

 うん、決めた。わたしも雲雀さんのせいにしとこうっと……。

 やがて会食は終わり、愛煌さんが席を立つ。

「ちょっと失礼するわね。莉磨、今のうちに、ANGEに帰りの車の手配を」

「心得ております」

 トイ……お化粧室へ行くにしても、優雅なお嬢様だなあ。

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