第486話
結依ちゃんを除き、ANGEのメンバーは真剣な面持ちで円陣を組む。
「わかってるでしょうね? 合言葉は『死なばもろとも』よ」
「『死ぬ時は一緒』でも構いませんが」
だって、これからプリズムキュートのコスプレをするんだよ? それ自体はいいんだけど……万が一、クラスメートにでも見られたら、死ぬ。
「ど、どうしたの? みんな……」
結依ちゃんは隣のクラスだからセーフってことで。
「何があっても仲間だよ? 律夏ちゃん、栞ちゃん、麗奈ちゃん、環ちゃん」
「もちろん。あたしは絶対、響希チャンのこと裏切らないから」
円陣の真中で手を重ね、運命をともにすることを誓う。
けど、栞ちゃんの手は麗奈ちゃんの手をしかと掴んで、離さなかった。
「逃げませんよね? 麗奈さん」
「ま、まさか……メンバーを見捨てて、自分だけ逃げるなんて……」
ドラマとかだと、女の友情って簡単に壊れ……いやいや。栞ちゃんも、麗奈ちゃんも、恥ずかしいからって逃げたりしないはずだよ。
わたしや律夏ちゃんは割と乗り気だし?
「配役は環チャンに任せっ放しだけど、大丈夫?」
「ちゃんと決めてあるってば。カラットが響希で、ジュエルが栞先輩でぇ……」
「ままっ、待ってください! 私がプリズムジュエルなんですかっ?」
女性スタッフさんから衣装を受け取り、着替えを始める。
ところが、そのスタッフさんが言ったの。
「ごめんなさい。本来はスパッツがあるはずなんですけど、一枚足りないんですよ。だから、ひとりだけスパッツはなしで、お願いできますか?」
「……エ?」
傍らの結依ちゃんはいそいそとダークローネの衣装に着替えてた。
「変身ヒロイン同士で頑張ってね? その、私は悪役だし……」
「エエッ? あれ、どーゆーことっ?」
更衣室の中は修羅場と化す。
「ちょっと! じ、じゃあ……ひとりはスパッツなしで、舞台に立つわけ?」
「スカートの裾はこんなに短いんですよぉ? 見えちゃいますってば!」
恐ろしいことになってしまった。
メンバーが5人に対し、スパッツは4枚だけ。つまり、ひとりはミニスカート上等で舞台にあがり、恥ずかしい思いをする羽目に……。
錯乱しながらも、栞ちゃんはスパッツの存在意義を力説する。
「アニメではスパッツなんて穿いてないんですけど、コスプレするとなったら、ミニスカが問題になってくるんですよ。おそらくスパッツはその配慮があってのもので……」
「配慮が行き届いてるなら、数は揃ってるべきじゃない?」
今回は律夏ちゃんさえ狼狽してた。
しかも遊園地の中じゃ、手に入れるのも難しい。
「タイツならまだ、コンビニで調達できるのですが……」
「そーだ! 雲雀さんに買ってきてもらおうよ」
こんな時こそANGEの専属プロデューサーの出番、だよね。期待を胸に、わたしは雲雀さんにコールを掛けた。
『どうした、天城? トラブルか?』
「あっ、雲雀さん! 実は――」
事情を説明すると、すぐに返事が返ってくる。
『そういう時に役に立つ、魔法の言葉を教えてやろう。よく聞け』
「は、はい。なんですか?」
『パンツじゃないから恥ずかしくないもん。――以上だ』
電話は一方的に切られた。
律夏ちゃんがシャドーボクシングで稽古に励む。
「いい度胸してるよ、あのプロデューサー。あとで懲らしめてやらないと……」
「響希ぃ、今度は月島さんよ! 月島さんに電話してみてっ!」
環ちゃんの必死の提案に頷き、次はマネージャーへ電話。休日に悪いと思いつつ、一縷の望みを託して、月島さんの応答を待つ。
『もしもし』
「つ、月島さん! 助け……って、だ、誰ですか?」
ところが電話に出たのは、男のひとだった。
『聡子ならシャワーだ。急ぎの要件なら、すぐに掛けなおさせるが』
……しゃ、しゃわあ?
男のひとと一緒で、ケータイを預けてて、お風呂にいる……。
おまけに、こんな朝っぱらからあっ?
想像力の豊かな麗奈ちゃんは真っ赤になり、わたしからケータイを奪い取った。
「つつっつ、月島さんに伝言をお願いします! 見損ないましたって!」
今度はこっちから電話を切る。
マネージャーの情事には栞ちゃんさえ幻滅してた。
「彼氏の家にお泊まりだったんですね……。だったら、ニチアサのアニメなんてご存知ありませんよ。昨夜も夜更かしして、今朝は遅かったわけですから」
「栞ちゃん? イメージが生々しいよ?」
立て続けに裏切られては、井上社長に救援を要請する勇気も出ない。
「こうなったら……」
わたしたちは再び円陣を組み、ごくりと息を飲んだ。
律夏ちゃんが酷薄な笑みを浮かべる。
「誰かに犠牲になってもらうしかないね。この中の誰かさんに」
「その言葉、後悔することになるかもしれませんよ?」
栞ちゃんの目も据わってた。
「悪いけど、これとバンドは別問題よ? 響希」
「麗奈ちゃんこそ。誰が犠牲になっても、恨みっこなしだからね?」
麗奈ちゃんも、そしてわたしも、女を懸けて戦うしかない。
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