第485話

 九月に入ったおかげで、大分涼しくなってきたよ。

 週末は遊園地にて、子ども向けのイベントをお手伝いすることに。男の子向けのヒーローショーと、女の子向けのヒロインショーを、交互に三回ずつやるんだって。

 遊園地のほうからは土曜と日曜の二日間で、という依頼だったんだけど。そこは井上さんが『学校も合わせて週7になるので』とブレーキを掛け、日曜だけになったの。

 土曜は環ちゃんが演劇部で忙しいし。

 そんなこんなで日曜日、わたしたちは遊園地へやってきた。

 律夏ちゃんが背伸びして、観覧車越しの青空を見渡す。

「へえ~! 繁盛してるじゃん」

「遊びに来たんじゃないのよ? 律夏。響希も」

「ぎくうっ」

 も、もちろん? 今日はお仕事で来たんだから、ジェットコースターはなし。

 栞ちゃんが九月上旬のお日様を仰ぐ。

「気温も下がってきましたね。これくらいなら、外でも何とか……」

「残暑も今週限りって、天気予報で言ってました」

 ちなみに雲雀さんは例のごとく『終わったら迎えに来っから』だった。月島さんがANGEの専属プロデューサーになってくれないかなー。

「行くわよ? 響希」

「あ、待って!」

 おどろおどろしいお化け屋敷には目もくれず、イベント広場へ。

 そこでは半円状の客席が段重ねになって、ステージを囲っていた。朝一から幼い男の子たちが集まって、ヒーローショーを眺めてる。

「みんなの応援がオレの力になるんだ! くらえ、怪獣め!」

「ぎゃ~っ!」

 ヒーローのキックが怪獣に炸裂した。

 怪獣は倒れ、子どもたちはヒーローの逆転勝利に大興奮。

「やった、やった~!」

 やがてヒーローショーは幕を閉じ、イベントはヒーローとの握手会へ。

 その間にも舞台のほうでは撤収作業が始まってた。予習のつもりで私たちは、邪魔にならない場所からそれを見守る。

 さすがプロ、撤収はてきぱきとスムーズに。

「そっか……ショーごとに入れ替えなくっちゃいけないから、あんなふうに?」

「文化祭の舞台やライブでも応用できそうですね」

 ただ、怪獣はまだ起きあがれずにいた。倒れた拍子に頭の向きが変わったみたいで、じたばたともがいてるの。

「ごめん、君たち! そこの怪獣が起きるの、手伝ってあげてー」

「あっ、はーい!」

「重いから気をつけるんだよ。ゆっくりね」

 興味もあったから、わたしと律夏ちゃんでフォローに入る。

「先に頭を外したほうがいいんじゃない? こういう着ぐるみは、確か……」

「律夏ちゃん、知ってるの?」

「着たことあるから。オッケ、ここだ」

 ふたり掛かりで怪獣の頭を引っこ抜くと、スーツアクターさんが顔を覗かせた。

 意外にも、それはわたしと同い年くらいの女の子。長い髪をまとめ、タオルをバンダナのようにぐるっと巻いてる。

 同時に濃厚な熱気が溢れてきた。

「ぜえ、ぜえ……ごめん、水を……持ってきて……」

「あわわっ! 栞ちゃん、お水! お水~!」

 猛暑は過ぎたとはいえ、日中にこの着ぐるみは過酷に違いないよね。スーツアクターの女の子は両腕も着ぐるみの中だから、わたしがお茶を飲ませてあげる。

「――ふうっ、助かったあ。……あれ?」

「あ……あれれ?」

 彼女が一息つくとともに、わたしたちは顔を見合わせた。

「ひょっとして、一組の御前さん?」

「あなたは二組の……あっ、そっちは葛葉さんだよね?」

 まさか、隣のクラスの御前結依さんっ?

 球技大会や水泳大会で律夏ちゃんと凌ぎを削った相手だから、よく憶えてる。律夏ちゃんも驚いて、瞳をぱちくりさせた。

「こんな偶然もあるんだね。アルバイト?」

「うん、まあ……バイトになるのかな。怪獣役を任されちゃって」

「響希? 知り合いなの?」

 怪獣の着ぐるみから脱出を果たし、御前さんは開放感いっぱいに伸びをする。

「ほんと、びっくりしちゃったよ。二組の葛葉さんと、天城さん……だっけ? こんなところで会うんだもん。今日はみんなで遊園地?」

「ううん。次の出し物で、わたしたちも出演するから」

「プリズムキュートの? そっちでも私、怪人の役なんだけど……はあ」

 挨拶のついでに、麗奈ちゃんや環ちゃんにも御前さんをご紹介。

「御前結依さん、ね」

「同い年でしょ? 『結依』でいいよ」

「わたしは中三ですから、結依先輩って呼びますね」

「えっ? 環ちゃん、わたしは?」

 けど、のんびりお喋りしていられる状況でもなかった。

「ANGEのみんなー! そろそろ衣装に着替えてくれるかい?」

「了解でーす!」

 交流はあとまわしにして、わたしたちはステージの脇にある更衣室へ。御前さん……改め、結依ちゃんも着替えのために追ってくる。

「ダークローネのほうは涼しそうで、よかったあ」

「怪獣の着ぐるみよりはね」

 ――と、ここまでは平和な日曜日だった。

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