第487話
そんな中、環ちゃんがさらに恐ろしいことを囁いた。
「わたしはもともとスパッツなんてない、と思ってたんですけど。そんなの穿いたら、原作に失礼だと思うんです。だから全員、スパッツは穿かずに出るほうが……そのぉ」
後輩は自分の味方だと思ってたらしい麗奈ちゃんが、声を震わせる。
「し、篠宮さん? 本気で言ってるの?」
「そりゃあ、わたしだって恥ずかしいのは嫌ですけど」
その一言に律夏ちゃんの耳がぴくっと動いた。
「なるほど……コスプレの恥ずかしさは倍増か。なら、観る分には楽しめ……」
「何を考えてるんですか、律夏さん」
「女の友情についてだよ。ひとりを見捨てるか、全員で耐えるか」
これはANGEの未来を占う試練なのかもしれない。
頭の中で、パパが真っ白な翼を広げた。
『もうわかってるんだろう? 響希。友達を犠牲にしたって、あとでつらいだけさ』
うん……そうだね、パパ。ANGEのメンバーは一心同体だもん。
わたしたちはスパッツを見下ろし、心をひとつにする。
「ジャーン、ケーン!」
決裂した。
……で。
スパッツはダークローネの衣装に混じってたってオチ。
「ありがとう、結依ちゃん! 結依ちゃんはANGEの救世主だよ!」
「そ、そう?」
わたしたちは何事もなかったように着替えを済ませて、催し物の段取りを確認する。
台詞は音声が流れるから、口パクでいいんだって。
「なぁんだ。プリズムチャームの関西弁、自信あったのにさ」
「どんなの? やってみてよ、律夏ちゃん」
プリズムチャームこと律夏ちゃんは前のめりのポーズで、ウインクを決めた。
「みんな一生懸命なんやから、助けてあげんと、な?」
わたしと環ちゃんは並んで目を丸くする。
「すっごぉ~い! ほんとにプリズムキュートが喋ってるみたい!」
「声優志望のわたしの立場がないじゃない……」
栞ちゃんは小さな拍手を鳴らした。
「さすがですね。ファンサービスの時間は頼りにしてます」
「そっかあ……握手の時は口パクじゃだめだもんね」
舞台はおよそ三十分、ファンサービスが三十分。これをヒーローショーと入れ替えつつ三回だから、それなりの長丁場になる。
「ヒーローショーやってる間はどうしよっか」
「毎回着替えるのも面倒だけど……この恰好じゃ、歩けないわね」
「いいえ。イベントの宣伝も兼ねて、遊園地をまわって欲しいそうですよ」
そう答えてから、内気な栞ちゃんは舞台の袖で蹲り、いつもの呪詛を唱え始めた。
「やっぱり詠を代理にしておけば……高二で人生を終えるなんて……」
あれは栞ちゃんなりの『心の準備』だから、スルーでよし。
麗奈ちゃんは諦めの境地に。
「学校の誰かに会うわけでもないし、割りきるしかないようね……」
「さっきスタッフに聞いたらさあ、証拠写し……記念撮影はしてもいいって」
「律夏? 何を言おうとしたの、今?」
やがて会場には大勢の女の子が集まり、開演の時間となった。
わたしたちは変身ヒロインに扮し、舞台の上で大活躍。
「凝りもせず、また出たわね! ダークローネ!」
「こっちの台詞よ! 忌々しい小娘ども!」
ダークローネ役の結依ちゃんも小気味よい立ちまわりで、子どもたちを魅了する。
だんだんテンションが上がってきて、わたしも役になりきっちゃった。
「みんなの力も貸してね!」
「頑張れ、プリズムカラット~!」
必殺技でダークローネを退け、声援に応える。
続いて、ファンのみんなと握手。その頃にはジュエル(栞ちゃん)やブライト(麗奈ちゃん)も羞恥心を捨て、コスプレを受け入れていた。
ところが、女の子たちが言ったの。
「ねえ、プリズムブライトぉ。なんで体操服みたいなの、着てるの?」
「……え? スパッツのこと?」
「うん、それ。いつもはそんなの、穿いてないのに……」
しかも、その指摘は一回や二回じゃなくて。
「なんか変だよ? お母さん。プリズムチャイムのドレス」
「あ、あれは……みんなと会う時は、穿いてなくっちゃいけない決まりなのよ」
「え~? なんでぇ?」
お母様がたの言い訳も苦しい。
栞ちゃんがやけに内股の姿勢で、わたしを盾にする。
「まずいですよ……次からはスパッツを脱げ、なんて言われたら」
「ま、まあ見えないとは思うけど……」
一方、麗奈ちゃんは胸を張った。
「遊園地のイベントなのよ? 細かいことは気にせず、割りきって楽しむべきだわ」
「アハハ、麗奈ったら。始まる前は縮こまってたくせに」
そこへ高校生くらいの、女子のグループがやってくる。しかしプリズムブライト(麗奈ちゃん)は気付かず、子どもたちの手前、凛々しい必殺技のポーズを決めた。
「猛れ、グランヴェリア! メギドスマーッシュ!」
そして、ばったり。
「へ? な、なんで速見坂さんが?」
「に、西田さん……?」
女子高生のグループは顔を強張らせ、麗奈ちゃんはさっと青ざめた。
あとで聞いた話によれば、L女のクラスメートなんだって。
「片や女児アニメ好きを知られ、片やコスプレ趣味を知られ……明日から学校でギクシャクしそうですね。もっとも、私たちには一切合切、関係ありませんが」
栞ちゃんの解説はわかりやすいなあ。
「ちちっ、違うの! 違うのよ? これはバンドの活動で!」
「と、通りかかっただけ! 通りかかっただけだから!」
アクシデントは続く。
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