第481話

「迷って立ち止まる分には、な。怠けて立ち止まってんのは困るが」

 私が新しい曲を書こうとしない、書けない理由を――このひとはとっくに見抜いてるのかもしれない。そして危惧した通り、

「大羽の場合はずっと個人でやってたわけだしな。私に楽曲を弄りまわされたり、パートデュエットを押しつけられたりで、フラストレーションも溜まってんだろ」

 一直線に図星を突かれ、こっちは動揺するほかなかった。

「そ、そんなことは……」

「作曲家なら当たり前のことだから、いいんだっての」

 そう、図星も図星。

 私は自分の曲を『改変されること』に、強い抵抗を感じるの。雲雀さんの調整は原曲を尊重した範疇のものとはいえ、依然として割りきれない部分は大きいわ。

 雲雀さんは辟易として、ぼやくように続ける。

「お前の気持ちもわかるんだ。音楽に関しちゃド素人のプロデューサーが、好き勝手に曲を弄って……しかも、それをお前の名前で世に発表されてみろ?」

 ぞくっと背筋に悪寒が走った。

「最悪……ですね」

「ああ。こんなもんは暴力と変わらねえ」

 その場合、恥をかくのはほかでもない、作曲者なのよ。素人紛いのプロデューサーは作曲家に失敗の責任を押しつけ、また次も同じことを繰り返す。

 それが……そんなものが、創作の世界?

「この業界で手柄を欲しがるやつほど、そうやって、ひとの作ったもんを平気でないがしろにする。俺のほうがわかってる、売るための戦略だなんて、偉そうに言ってなぁ。私もスターライトプロでそんな現場を、嫌ってほど見た」

 そう。手柄が欲しいから、実際に『売れた時』のため、自分の関与をアピールできるようにしておくの。この名曲がヒットしたのは、俺が直したおかげだ、ってね。

 逆に売れなかったら、自分が散々干渉したことは棚にあげ、みっともない責任転嫁に走る。恐ろしいのは、本人にその自覚が欠片もないこと。

「奉仕バイアスですね」

「博学だな、大羽は。その通りだ」

 当然、この悪癖は現場をことごとく崩壊させる。スタッフのモチベーションは下降の一途を辿り、果ては人材の流出にも繋がるわけ。

 それくらい、高校二年生の私にだってわかるわ。

 ハーフグラスの眼鏡の中で、雲雀さんは双眸を細める。

「だから作曲家もしっかり武装して、自分のキャリアと、自分の作品を守らねえといけないんだ。わかるだろ? 大羽」

「……すごくわかります」

 これは私にとって他人事じゃなかった。

 小学生の頃の『あの経験』が、雲雀さんの言葉をより重たく感じさせる。

 ところが、雲雀さんはそれまでのスタンスを急にひっくり返した。

「そもそも――だ。私が大羽の曲を調整したからって、必ず売れるわけじゃないし、大羽の曲をまんまリリースしたからって、それで売れなくなるわけでもねえ」

 私は目を白黒させながら、雲雀さんを見詰め返す。

「じゃあ、何のために……?」

「会社の体裁か、自己満足か。会社って組織はよ、無駄なことに時間と労力を掛けたがるんだよ。責任を分散して、何かあった時に追及を逃れるためにもな」

 このひとの性格がヒネくれてるのも、頷ける気がした。

「なんだか情けない話ですね、それも」

「少なくともスターライトプロはそうだった。葛葉の暴力沙汰ってのも多分、このへんの事情が引き金になったんだろうと、私は睨んでる」

 また寒気がして、脚が震える。律夏さんにとっても深刻な問題なんだわ。

「もちろんスターライトプロと同じことを、VCプロでやるつもりはないんだよ、私は。だから大羽、お前の曲を私が弄るのは、もうなしにしよう」

 はっとして、私は両方の瞳を強張らせた。

「で、ですけど……そんなことしたら、雲雀さんは」

「別にどうにもならねえよ。監修を投げるってわけじゃねえし」

 雲雀さんは自嘲を込めてやにさがる。

「私は音楽プロデューサーなんて肩書きより、お前の曲のほうが大事なんだ。だからよ、大羽、お前が胸張ってリリースできる曲にしてやろうぜ」

 どうして……どうして小学生の頃は、こういうひとが傍にいなかったんだろう。雲雀さんの台詞を反芻しつつ、私は初めての高揚感に戸惑う。

『だから作曲家もしっかり武装して、自分のキャリアと、自分の作品を守らねえといけないんだ。わかるだろ? 大羽』

『そもそも――だ。私が大羽の曲を調整したからって、必ず売れるわけじゃないし、大羽の曲をまんまリリースしたからって、それで売れなくなるわけでもねえ』

 大羽栞の音楽を本当に認めてくれるひとが、ここにいる……。

「実を言うとな、社長も『なるべく栞の好きにやらせてちょうだい』ってよ。だったら、パートデュエットなんざ押しつけてくんな、って話だが」

「そうだったんですか」

 私の音楽がまた一歩、外の世界へ歩み出た。

 ずっとひとりで曲を書くだけだったわ。でも、響希さんの手に引かれて、律夏さんや麗奈さん、環さんに受け入れてもらえて。

 大羽栞の音楽は『あの呪い』を振りきろうとしてる。

「……っと。この話、速見坂には秘密にしといてくれ。あいつはまだ、大羽の域には届いてねえからな。もうしばらく成長を待たねえと」

「わかりました」

 つい事務的な返事ばかりになっちゃったわね。

 私は深呼吸して、はっきりと宣誓する。

「頑張ります」

「おう。頑張れよ、大羽」

 いつまでも響希さんたちに遠慮していては、だめだわ。ANGEのメンバーとして、私も一緒にステージに立つのだから。

 そう思ったら、続々と新曲のイメージが湧いてきた。

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