第480話

 この『ボーカルは歌う以外にすることがない』問題、なかなか難しい。

 ドラムの向こうで律夏さんが腕を組む。

「要するに……自分のパートがない間も、やることが欲しいって話だね」

「そうよ。なんかアイデアない?」

「あたしがアイドルやってた時は、ダンスしてたけど?」

 キーボード越しに響希さんは瞳をきらきらさせた。弾むようなガッツポーズで、律夏さんの提案に乗っかってくる。

「ダンス! 環ちゃんが踊るの、いいかも!」

「ちょ、ちょっと待ちなさいったら? 響希ぃ……」

 対し、戸惑う環さん。

 しかしダンスというアイデア、私にはあまり魅力が感じられなかった。

「みんなの楽器がありますから、危ないですよ。それにひとりで踊っても、かえって『ボーカルはやることないんだ』って思われませんか」

「う~ん……そう言われると、ね」

 律夏さんは提案を撤回。

 一方で、麗奈さんは現実的な線で来る。

「ほかのバンドを参考にしてみるのは、どう?」

「そうですね。アンタレスのボーカルはこんなふうに……陶酔する感じで」

 私は仰向き、その頭上で両手をクロスさせた。ステージの臨場感に浸る時の、ナルシストめいたポーズね。キャラクター次第で雰囲気は出せるはず。

 でも環さんの反応はよろしくなかった。

「栞先輩、それ……結局、動いてませんよ?」

「ま、まあ一案として」

 続いて、響希さんが提案する。

「環ちゃんも何か楽器を演奏する、とか? なるべく簡単なやつで、えーと……」

「タンバリン? マラカス?」

「カラオケじゃあないんだからっ!」

 演奏……ね。律夏さんの挙げた楽器はさておき、私と麗奈さんも想像力を駆使した。

「カスタネット……も違うわね」

「簡単な楽器では、やはり『ボーカルは退屈』と思われますよ、きっと」

 さらに響希さんは前向きに意見するも。

「じゃあハーモニカは? カッコいいでしょ」

「ボーカルに吹奏楽器って、酸欠になるわよ、そんなの」

 名案は出ず、一同は途方に暮れる。

 雲雀さんが淡々と呟いた。

「音楽性においてもファッション性においても理想は、篠宮もギターを弾くことだが」

 ダブルギターの編成ね。見栄えもすることから、ボーカルにギターを持たせるパターンは、よく見かける。人気の上昇を狙うなら、やっぱりギターかしら。

 ただ、これには問題もあった。

「篠宮はギター、触ったことないんだろ?」

「は、はい。楽器はひとつも……」

 あれこそ簡単に弾けるものじゃない。もちろん、ボーカルが初心者向けのコードばかり弾いてたら、お客さんにも一発で見抜かれるでしょうし。

 環さんにギターを担当させるなら、相応の練習が必要になってくるのよ。

 麗奈さんが溜息をつく。

「篠宮さんには演劇部だってあるんでしょう?」

「声優のお仕事も入ってきたら、ヤバいよ」

「それに……環ちゃん、受験生だよね? 入試はパスできるにしても」

 律夏さんや響希さんが懸念する通り、タイミングも悪かった。

 それでも環さんは麗奈さんのギターを見詰め――顔つきを引き締める。

「れ、練習します! 必ず上手になって、速見坂先輩と」

 そんな環さんを雲雀Pがどうどうと制した。

「そう焦るな。ギターを始めるにしても、ギターを買う金のアテはないんだろ」

「うっ。確かに……」

 ギターは手頃なものでも七、八万。中学三年生の環さんはがっくりとうなだれる。

「とりあえず、この件はL女の文化祭が終わるまで保留な。篠宮、お前はメインボーカルとして、歌唱力のアップだけ意識してろ」

「はぁい」

 そろそろ解散というタイミングで、マネージャーの月島さんがやってきた。

「環さ~ん! 環さんのステージ衣装がまとまったそうですので、今から合わせに行こうと思うんですけど……時間、問題ありませんか?」

「あっ、はい。大丈夫です」

 面白そうな話に響希さんが食いつく。

「環ちゃんの衣装っ? わたしも見たいです、月島さん!」

「そんじゃ、今日の練習はお開きにすっか」

 その流れで解散を促しつつ、雲雀Pは私にだけ声を掛けた。

「なんだが……大羽、お前はちょっと残ってくれ。帰りは送ってやるから」

「了解です」

 すぐにも響希さんたちは出発する。

 練習場は私と雲雀さんのふたりだけとなった。雲雀さんが隅っこのパイプ椅子を無造作に広げ、私を誘導する。

「座れよ」

 いつになく雲雀さんの表情が険しい。

 何の話かしら……と思いつつ、私は腰を降ろした。

 雲雀さんも椅子に落ち着き、脚を組む。

「作曲はどうした? フェスタ以降、新作を提出してねえじゃねえか」

「それは……」

 ぎくりとした。表向き平静を装いながら、私は弁明する。

「ファーストシングルの収録が終わるまでは、と……。先の曲ばかり考えてたら、なんといいますか、浮気……みたいで」

「目の前の曲に集中できないで、新曲はねえもんなあ」

 雲雀さんは私の言い訳を追及しなかった。気さくに笑って、相槌を打つ。

「速見坂のやつも全然、曲を書いてこねえんだよ。あいつはガムシャラにぶつかってくるものと踏んでたんだが……なんか聞いてるか?」

「いいえ。そのことも初耳ですし」

「……そっか。まあいいんだよ、お前も、速見坂もそれで」

 一瞬、すべての音が止んだ。

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