第471話

 その後もエスカレーターが続々とお客さんを運んできた。

 ほとんど男のひとばっかり。そりゃあロボットアニメのイベントだもん。

 さっきの整理券のおかげで、入場はパス。

「あれ? 詠ちゃんは?」

「さっきまでそこにいたけど……どーしたんだろうね」

 いつの間にやら詠ちゃんの姿は消え、わたしたちは途方に暮れる。

 フロアがお客さんでいっぱいになったところで、いよいよイベントが幕を開けた。

「おはようございます、みなさん! 本日は暑い中、GREATESSのサイン会にお越しいただき、ありがとうございました。今日は監督も応援に駆けつけ――」

「ご紹介に預かりました、監督の今井です」

 会場では拍手が鳴ったり、おおーっと歓声があがったり。

「秋から放送が始まりますアニメ『ヴァルハラファイブ』は明日、最新のPVを公開する予定でして……え~、ぜひみなさんにもご覧いただければ、と」

 監督さんは大勢の前では話し慣れてないみたいで、照れ笑いを浮かべてる。

 とりあえずわたしたちも空気を呼んで、拍手に加わった。

 んもう。詠ちゃんってば、どこに……。

「おや? 女性のファンもいらっしゃるようですね。真中のかたー?」

 ところが司会のお兄さんに指名され、わたしはぎょっとする。

 右は律夏ちゃん、左は麗奈ちゃんだから、真中にいるのは天城響希なわけで。お客さんの視線も全部、わたしに集中するの。

「応援に来てくれて、ありがとうございます! ねえ、監督?」

「キャラクターも美形揃いですので。女性のかたにも楽しんでもらえればと、スタッフも気を揉んでおりました」

 幸いにして、わたしが発言を促されるような事態にはならなかったものの……心臓に悪いなあ。なるべく麗奈ちゃんを盾にして、イベントを見守る。

「――では、GREATESSのみなさんに登場していただきましょう! どうぞ!」

 その一言を皮切りにして、声援が巻き起こった。

 壇上に三人の女の子が現れ、手を振る。

「どーもぉー」

 瞬間、わたしたちの声がひとつに重なった。

「ええええ~っ?」

 周りのファンがびっくりして、たじろぐほどに。けど、律夏ちゃんも麗奈ちゃんも唖然とした顔つきで、舞台の上の人物にただ目を見張る。

「な、なんで……詠チャンが?」

「詠さんが、まさか……GREATESSの……?」

 前方のステージには今、大羽詠ちゃんがいた。メンバーのふたりと一緒にファンの声援に応えながら、軽快なトークでイベントを盛りあげるの。

「ロボットアニメと特撮はぜ~んぶ観てます! 特に好きなのはぁ~」

 な、なんかアイドルみたいに……?

 慎ましやかな栞ちゃんと同じ顔立ちのせいで、違和感も強烈。

 わたしたちが呆然とするうちにGREATESSの挨拶は終わり、サイン会が始まった。あれよあれよと誘導に従い、わたしだけ詠ちゃんの列へ。

 詠ちゃんが確信犯の笑みでわたしを迎える。

「驚いたでしょ? 響希っち」

「う、うん。今でもまだ、何が何だか……」

「これ終わったら説明するから、待ってて。スタッフには言ってあるから」

 わたしたちはGREATESSのCDも、色紙も用意してないため、直筆のサインはもらわずに握手だけ……。詠ちゃんはともかくとして、ほかのメンバーは首を傾げてた。

 やがてサイン会は終了し、最後のお客さんがエスカレーターで降りていく。

「お疲れ様でしたー」

「おっつー! 悪いけど、先に行ってて」

 撤収作業が始まる傍ら、詠ちゃんはわたしたちのもとへ駆けてきた。

「ごめん、ごめん」

「私たちがここにいて、問題ないの?」

「だいじょーぶ。VCプロのユニットだって、説明したし」

 その頃にはわたしたちも落ち着き、冷静になる。

「とっくに気付かれてるのかと思ってたんだけど。みんな、GREATESSで調べたりしなかったわけ?」

「ないない。まさか詠チャンがいるとは思わないしさ」

 GREATESSは今年の頭に結成された、ボーカルユニットなんだって。

 メインボーカルは詠ちゃんで、あとのふたりはギターとキーボードの演奏も担当。ガールズバンドとして先を越されちゃったみたい。

 でも悔しさはなかった。友達のことだから、素直に応援できるのかも。

「へえー、すごいね。マーベラスプロの所属なんだ?」

「フェスタに来てたのも、音楽活動の一環だったわけね。これで合点が行ったわ」

 詠ちゃんに関する今までの謎も解けていく。

「いつデビューしたの?」

「最初はゲームの挿入歌でさあ。それはCDには入ってないんだけど」

 詠ちゃんはマーベラスプロが開催した『ヒーローソング女子部門』のオーディションを受け、これを突破。

「オーディションのことなんて忘れてたら、電話が掛かってきてね。いやー」

「すごいわね……本当に採用されるなんて」

 以降はマーベラスプロのバックアップのもと、着々と活動を続けてた、とのこと。

「栞チャンも知らないんでしょ?」

「そのはずだよ。お姉ちゃん、私のことは興味ないから」

「淡白な姉妹関係ね……」

 わたしにはもう『すごい』としか言えなかった。

「ほんとにすごいよ、詠ちゃん! CDも買うから、サインしてっ」

「いいよ。ほかのメンバーにも頼んであげる」

「じゃあ、パワレコに寄っていこっか」

 友達の特権を使いまくりで、GREATESSのサインを予約しちゃう。

「アニメも観てよ?」

「もちろん! ……って、なんてタイトルだっけ?」

「バルセロナファイブ、でしょ」

「ヴァルハラファイブだってば……はあ」

 でもロボットアニメのことは、やっぱりよくわかんないや。

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