第472話
ところでGREATESSというユニット名は、GREATに女性を意味する『ESS』をくっつけたんだとか。
「ほら、ソーサラーをソーサレスって言ったりするじゃん?」
「パティシェル(パティシエ+エンジェル)くらい適当ってことは、わかったよ」
優等生の栞ちゃんがいれば、解説してもらえたに違いない。
「これからはANGEとライバル同士、よろしくネ!」
「うんっ!」
わたしと詠ちゃんはしっかりと握手。
ところが、その場に異質な声が割り込んできたの。
「――大羽っ!」
誰かがわたしを押しのけ、詠ちゃんの右手を奪い取るように掴む。
「へっ? ちょっと、何を……」
「もう一回、俺とやりなおそう! なっ?」
中年の男性だった。三十を過ぎてるのは確実で、髪には少し白髪も混じってる。
「俺がチャンスをやる! だから、俺ともう一回……うおっ?」
次の瞬間、彼の身体が宙に浮いた。
一瞬のうちにわたしの目が捉えたのは、律夏ちゃんの背負い投げ。てこの原理で転がすようにして、自分より大きい男性を投げ飛ばしちゃったの。
男のひとはひっくり返って、呆然自失。
「……?」
律夏ちゃんはぱんぱんと手を払いながら、肩を竦めた。
「加減はしたよ。蹴り飛ばすより投げるほうが、相手も放心するから、安全だし」
突然の乱入者にスタッフは浮足立ち、大慌てで集まってくる。
「怪我はないかい? 詠ちゃん!」
「警察を呼ぶんだ!」
それでも務めて冷静に、てきぱきと対処してくれた。万が一の事態に備え、普段から防犯の訓練をしてるんだろうね。
わたしたちは乱入者から距離を取りつつ、息を飲む。
「びっくりしたわね……。あのひともだけど、さっきの律夏の投げ技」
「どーやったわけ? 見てなくってさあ、私」
律夏ちゃんは照れくさそうに頭を掻いた。
「お爺ちゃんの道場で子どもの頃から、その……格闘技をね」
格闘技かあ……。道理で運動神経が抜群なんだね。
「あっ、だからドラムを?」
「まあね。体力とリズム感には自信あったから」
さっきの投げ技にしても、素人が俄か仕込みで真似できるものじゃなかった。何十回、何百回と反復練習して、修得した技術なんだよ、きっと。
「すごいなあ……詠ちゃんも、律夏ちゃんも」
「響希チャンのピアノもすごいよ?」
一方で、詠ちゃんは白昼堂々の乱入者に戸惑ってた。スタッフに連行される彼を見送りながら、うわごとのように呟く。
「誰だったんだろ、あれ……」
その言葉にわたしははっとした。
「え? 知らないの?」
「初対面だよ。二度と会うこともないだろーけど」
しばらくの沈黙が流れる。
相手は詠ちゃんのことを知ってた。けど、詠ちゃんは知らない……?
麗奈ちゃんが躊躇いがちに口を開く。
「ひょっとして……あのひと、詠さんを栞さんと間違えたんじゃないかしら」
すかさず相槌を打ったのは、律夏ちゃん。
「かもね。あいつ、詠チャンのこと『大羽』って呼んでたし」
「ここにいたのも偶然とは思えないわ。多分、前々からGREATESSを追って……栞さんに接触するつもりで張ってたのよ」
ぞっと寒気がした。
あのひとは何らかの意図を持って、栞ちゃんを狙った? だとすれば、栞ちゃんが危険な目に晒される可能性も……。
「この件は雲雀さん……いいえ、社長に報告しましょう」
「栞ちゃんを疑うつもりはないけど、ちょっと調べたほうが、よさそうだね」
麗奈ちゃんや律夏ちゃんもそれがわかってるから、楽観視はしない。
ただ、わたしとしては栞ちゃんに不安材料を与えたくなかった。
「ねえ……栞ちゃんには伏せておくの、だめかな」
麗奈ちゃんは前髪をかきあげるついでに、額を押さえる。
「どうかしら……。本人にも身を守る意識は、必要な気もするけど」
「響希チャンの言うこともわかるよ。そのへんも一度、井上さんの判断を仰ごっか」
何にせよ、わたしたちだけで判断すべきことでもないか。井上さんへの報告は麗奈ちゃんに任せて、こっちはお巡りさんに事情を説明する。
「午後から合流して遊ぶって予定だけど、どうする? 響希チャン」
「う~ん……」
おかげで、みんなで盛りあがる自信なんてあるはずもない。
と思いきや、当の詠ちゃんはやる気満々だった。
「犯人は警察が連れてってくれたんだし、もう大丈夫だってば。お昼はメイド喫茶に行くんでしょ? 私も、私も!」
「GREATESSのメンバーはいいの? あたしは一緒でも」
予定通り午後はみんなで街へ。
それでも――わたしは胸に一抹の不安を抱かずにいられなかった。
栞ちゃん、何があったの? あのひとは誰?
いつか話してくれる……よね?
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