第446話

 にもかかわらず、雲雀さんは真顔で言いきるの。

「入試にしろ試合にしろ、大事なのは『そのあと』だろうが。ドラフト一位でプロ入りした野球選手が、一度とさえマウントに立たずに終わる、なんてことも普通にある」

 野球のことはわからないんだけど……隣で律夏ちゃんが相槌を打つ。

「確かに……芸能界も同じなんだよ、響希チャン。事務所にバックアップしてもらって、大手を振ってデビューしたはずなのに、半年で解散とか」

「野球に限った話でもありませんね」

 栞ちゃんもだんだん雲雀さんの真意が見えてきた……のかな。

 プロデューサーの双眸が眼鏡越しにきらりと光る。

「そうだ。鳴り物入りでデビューしたやつが振るわないことがあれば、別に上手くもねえのにプロで居続けるようなやつもいる。どっちに転ぶかは誰にもわからん……が、ひとつ言えるのは、『プロデビューがゴールになってるやつは大成しない』ってことだ」

 俄かに麗奈ちゃんが顔色を変えた。

「デビューがゴール……」

「プロの仲間入りをしたからって、そいつの音楽が変わるわけじゃない。むしろ試されるのはそこからなんだ。それに……これは社長の言葉なんだが」

 雲雀さんは人差し指を立て、さらに付け加える。

「欲しいのは『完成品』じゃないんだ」

 おバカなわたしも、やっと雲雀さんの言いたいことが読めてきた。

 音楽家のパパを思い出せば、よくわかる。

 パパは天才として認められながらも、精力的に音楽活動を続け、今なお第一線のプロであり続けてるんだもんね。本当に大事なのは、デビューしたあとのこと。

「半人前でスタートすりゃいいんだよ。実力が足らねえってんなら、これからスキルアップしていきゃあいい。存外、プロの連中はそんなもんだよ」

 わたしはANGEのみんなとアイコンタクトを交わし、呟いた。

「なんだか……プロもアマも変わらないのかも」

「こんな話を聞いてるとね。私も何を目指してたんだか、わからなくなってきたわ」

 月島さんが含み笑いを浮かべる。

「正直に言いますと、一昨日の時点でみなさんの『査定』は八割がた、終わってたんですよ。このフェスタは確認程度のものでした」

「……へ?」

 わたしの目が点になった。

「ばらしちゃっても構いませんよね? 雲雀さん」

「おう。好きにしろ」

 改めて月島さんは真相を語り出す。

「私たちはあえて全部をフォローせず、ANGEのメンバーがフェスタに向けてどう動くか、試していたんです。スケジュールは組めるのか、練習は間に合うのか……」

 頭が切れる栞ちゃんも、まんまと騙されちゃったみたい。

「言われてみれば……最初のライブ遠征はグダグダだったりしましたね」

「うんうん。麗奈だけ制服が違ってたり、段取りで二転三転したり」

 あの時も月島さんや矢内さんはアドバイスこそすれ、指示をくだすような場面は一度たりともなかった。私たちの自主性や順応性をテストしてたんだとしたら、頷ける。

「技術面が水準をクリアしてることは、わかってましたので。フェスタでステージを成功させることよりも、準備万端で本番を迎えられるかを、重視してたんです」

 麗奈ちゃんは自嘲めいた溜息。

「はあ……。こっちはそれなりの覚悟で、本番に臨んだっていうのに」

「そ、そうだね。わたしも昨日はそれで失敗しちゃって……」

 わたしだって、納得するには引っ掛かるものがあった。現に昨日のステージは『失敗』しちゃったわけで、合格だと言われても、釈然としないの。

 そんなわたしに雲雀さんが発破を掛ける。

「いいや、天城。お前は昨日のあれでよかった。失敗すんのも『経験』だからな。メンバーの努力やチャンスを自分のせいでフイにしちまって、堪えただろ」

「うぐ。は、はい……」

 プロデューサーの言葉は手厳しかった。でも突き放すような物言いじゃない。

「天城だけじゃねえ。速見坂も、大羽も、葛葉も、自分なりに色々と課題の残るフェスタだったはずだ。そいつを乗り越えりゃ、まだまだ伸びるぞ」

 わたしたちは姿勢を正し、声を揃えた。

「はいっ!」

 まだ放心してる環ちゃんの背中を、栞ちゃんが控えめに叩く。

「そろそろ戻ってきてください、環さん。起きてますか? 目覚めてますか?」

「……え、えぇと、わたし……なんだっけ?」

「メインボーカルも加わることだし、頑張んないとね。響希チャン」

 ミュージック・フェスタで終わりじゃないんだ。

 これから始まるんだよ。ANGEの活動が。期待は半分、不安も半分。けど、みんなと一緒に演りたいっていう気持ちだけは、絶対に本物だった。

 雲雀さんが腕時計に目を留める。

「さて……と。明日は朝のうちに少しくらい観光していくか。昼飯くらいはなあ」

「えっ! ほんとに?」

 プロデューサーの大盤振る舞いに、優等生の月島さんは呆れがちに釘を刺すも。

「出張中の観光はまずいですよ?」

「固いこと言うなって。こいつらにご褒美もやらねえと」

 雲雀さんを味方につけ、わたしと栞ちゃんは手を取りあうほどに大喜び。

「やった、やった! せっかく北海道まで来たんだもん。ねっ!」

「ついでに観光地にペイするのも、フェスタの参加者の義務でしょう。はい」

「わ、わたしも速見坂先輩となら……ごにょごにょ」

 満場一致で明日は半日、遊べることに。

「ああ。あと――」

 ところが、プロデューサーからまさかの一言が入ったの。

「帰ったら、CDのレコーディングすっから」

 わたしたちはきょとんとする。

「……はい?」

「だから、CDを出すんだよ。ANGEのファーストシングル」

 はい、せーのっ。

「えええええ~~~っ!」

 ガールズバンドのANGE、ほんとにデビューしちゃうんだ……。

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