第445話

 麗奈ちゃんもライブの余韻に浸ってる。

「すごく気持ちよかったわ。これで終わりにしたくはないわね」

「なんかやっらしー。響希チャン、麗奈には近づかないほうがいいよ」

「ちょっと、律夏ぁ? 速見坂先輩に失礼なこと言わないでっ!」

 後輩の環ちゃんも交え、いつもの一触即発。

 それを月島さんが咳払いで遮った。

「こほん。さて……ANGEの今後の活動についてですが」

 わたしたちは一様に息を飲む。

 井上さんの話では、この数ヶ月の活動はあくまで『お試し期間』だったの。プロとしての水準に達してないようなら、ただちに解散もありえる。

 ところが、月島さんは急に背中を向けた。

「あとは、このかたに話してもらいましょう。どうぞ、入ってきてください」 

「……へ?」

 扉を開け、見覚えのある人物が控え室へ入ってくる。その顔立ちにわたしはあっと声を上げ、麗奈ちゃんも唖然とした。

「あ、あなたは……どうして雲雀さんが?」

「VCプロ所属のプロデューサーがここにいて、何がおかしいんだ?」

 そう、あの巽雲雀さん。

 雲雀さんはわたしたちを一瞥しつつ、しれっと言ってのける。

「昨日は散々だったな」

 出会い頭のすげない物言いに、律夏ちゃんは眉根を寄せた。

「何よ? あとから出しゃばってきて、勝手なこと……」

「最後まで聞け。悪いとは言ってないだろう」

 雲雀さんの言葉はぞんざいだけど、わたしたちを侮辱するものじゃない。

「一度も失敗したことのない連中など、あてにならないからな。……天城響希、お前は昨日のあれで、何を学んだ?」

「それは……」

 唐突な名指しに緊張しつつ、わたしは口を開いた。

「みんなと一緒に演奏することの意味です」

「意味、か。具体的には」

「ええっと……」

 その続きは栞ちゃんが答える。

「自分たちの楽曲を大切にすること……だと、私は思います」

「そうか。悪くない回答だ」

 栞ちゃんにとっても大きな収穫があったんだね、きっと。

 改めて雲雀さんが渋めの声を張った。

「もとより結成して二ヶ月かそこいらのお前たちが、ミュージック・フェスタで一躍名を馳せるとは思ってないとも。私も井上社長もな。まあ、昨日と今日とで及第点か」

 詠ちゃんが口を挟む。

「及第点って、それじゃ合格ってこと?」

「そうだ。そして今日から、この私がANGEのプロデューサーを務める」

 まさかの事実にわたしたちは目を見張った。

「えええ~っ? ひ、雲雀さんが……ANGEのPに?」

「どうした? もっと喜べ。本格的にデビューするんだからな」

 栞ちゃんはへなへなと虚脱する。

「デ、デビューって……本気だったんですか? あれ」

 わたしだって俄かには信じられなかった。ANGEの今までの活動が、VCプロの売り上げに貢献したとは、とても思えないもん。

 にもかかわらず、月島さんは断言。

「ガールズバンドとしてのポテンシャルは充分に確認できました。今後はお仕事も徐々に増やして、ですね……そうそう、そっちの篠宮環さんもですよ」

「わ……わたしもぉ?」

 蚊帳の外だったはずの環ちゃんは、その一言に仰天した。

「帰ったら、井上さんが一度お話したいそうです。ANGEのメンバー兼、VCプロ所属の声優として迎えられるんじゃないでしょうか」

「せ、声優……」

 今ので環ちゃん、思考が停止したっぽい。

 麗奈ちゃんも何が何やらって面持ちで、おずおずと尋ねる。

「でも、フェスタには私たちより上手いバンドだって、たくさん……それを差し置いて、ANGEが先にデビューするなんて……」

 一方で、雲雀さんは気怠そうに肩を竦めるだけ。

「おいおい、どこのバンドにしろ、一回や二回のライブで何が決まるってんだ? 勉強やスポーツと同じことだろう」

 その語気の強さに押され、つい頷きそうになっちゃった。

わたしは咄嗟に意見する。

「いえっ、あの……入試は一度きりですよ?」

 去年は受験生だったから、身をもって思い知らされたもん。高校入試の筆記試験は一回限り。特に私立の場合は内申点が影響しない分、一発勝負になるでしょ。

 スポーツだってチャンスは限られるよね。勝ち負けを競うなら当然、個人競技でもスコアという形で結果が出るから。

 そして、その結果は私たちの将来を大いに左右するはず。

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