第444話

 それに応じるように、律夏ちゃんがドラムスティックを掲げる。

「ワ、ツー、スリー、フォー!」

 一曲目はとっておき、『シンデレラの靴を探して』だよ!

 律夏ちゃんのドラムを追い越すように、麗奈ちゃんのギターが唸る。

 歌い出しのパートはもちろん、わたし。


   鐘が鳴るのは十二時 魔法よ まだ解けないで


 栞ちゃんのベースも合わさり、メロディーを躍動させるの。律夏ちゃんのドラムはまるでシンデレラの駆け足のように響いた。


   お別れもできない王子様 彼女はダンスホールを走り抜ける


 バックコーラスだった麗奈ちゃんの美声が前に出て、ヒロインの座を奪取。その間もギターは鳴き続け、旋律の余韻を長引かせた。

 そこに律夏ちゃんの息遣いが重なる。


   靴を落としたのは確信犯

   したたかに そしてたおやかに それがレディーの特権


 一瞬、音のすべてが消失した。それをスタートラインにして、わたしたちは一斉に歌声をはもらせる。鍵盤の美しいメロディーとともに。


   ガラスの靴には残らない 変身した私のビジョン

   そこに映るのは 途方に暮れるあなただけ


 栞ちゃんもコーラスに加わり、律夏ちゃんに負けじと声を響かせた。

 ギターが、ベースが、ドラムが総出で音の波紋を広げ、ギャラリーを包み込む。夏の青空のもと、わたしたちのステージは熱烈にボルテージを上げた。


   ガラスの靴は残ってる それがわたしの軌跡

   追いついたら 抱き締めてあげるわ


 麗奈ちゃんが肩越しに振り向き、快活な笑みを咲かせる。

 ドラムを叩きながら、律夏ちゃんも爽やかに笑ってた。わたしは栞ちゃんの視線に頷きを返し、キーボードをかき鳴らす。

 興奮のあまり、胸の鼓動もビートを奏でていた。身体に流れ込んでくる音の全部が、熱を持ち、わたしたちをますます燃えあがらせる。

 今なら、もっと……!

 律夏ちゃんがドラムスティックを頭上に掲げ、音頭を取った。

「飛ばしていくよー! みんな、ついてきてっ!」

「きゃあああ!」

 ギャラリーの先頭で環ちゃんが黄色い声援をあげる。

 ANGEのライブは絶好調。次の曲もお客さんを総動員して、盛りあがっちゃった。最初のうちは隙間が目立ってた客席が、いつの間にやら満員になってるほど。

「ANGEだって! 葛葉律夏の!」

「ベースの子も可愛いよ。ガールズバンドかあ」

 高校生のわたしたちに実力なんて、大してない、かもしれない。

 だけど今、勢いには自信があった。麗奈ちゃんはピックを落とすも、気にもせず、すぐメロディーに戻ってくる。

 ステージの袖では月島さんが『時間切れ』をアピールしてた。わたしも律夏ちゃんも我に返り、慌てて締めのMCへ突入。

「っと! それじゃ、今回はこのへんで。シーユーアゲイン!」

「まったねー、みんな!」

 大盛況のうちにANGEのライブは終わる。

 撤収の間もお客さんは残って、わたしたちに注目してた。恥ずかしがり屋の栞ちゃんはベースを抱え、我先に袖へ引っ込む。

「げ、限界ですので」

 あとの流れはグダグダだったよ。ドラムの椅子を忘れ、ばつが悪そうに律夏ちゃんは再びステージの上へ。大きな笑いが起こる。

「あーもー、恥かいちゃったよ」

「忘れものはないわね?」

 わたしたちはそそくさとステージを離れ、控え室へ引き返した。

 少し遅れて、環ちゃんと詠ちゃんも追いついてくる。環ちゃんは憧れの麗奈ちゃんをまじまじと見詰め、祈るように両手を合わせた。

「速見坂先輩っ! 今日のライブはほんと最高でしたあ!」

「ありがとう、篠宮さん。あなたが一番前で応援してくれたおかげよ」

「そ、そんなあ……」

 詠ちゃんは姉の栞ちゃんを弄りたがる。

「お姉ちゃんも『可愛い』ってさあ。ほぉら、嬉しくなってきた、嬉しくなってきた~」

「う、うるさいのよ、詠は……それくらいで、わっ、私が動じるとでも?」

 栞ちゃんはお可愛い顔を赤らめ、動揺しまくってた。

 マネージャーの月島さんが満足げに頷く。

「本当に素晴らしいライブでしたよ。みなさん、練習の成果を出しきりましたね」

「はいっ!」

 わたしだって達成感はひとしお。

 今日の成功はね、単なる成功じゃないの。ミスの有無でいったら、わたしは何度か演奏をトチったし、麗奈ちゃんもピックを落としたりした。

 でも決して失敗じゃない。

 ライブをすることの『意味』が、昨日よりは理解できたから。

 昨日はわたし、ライブを余所のバンドとの勝ち負けに置き換えちゃったんだよね。そのせいで気後れして、自身を喪失しちゃって……。

 だけど、今日は全力を尽くすことに集中できたの。

 勝つべきは自分自身だった――なんてね。

 栞ちゃんがほっと胸を撫でおろす。

「これで大手を振って帰れますね。評価のほうは今日限りかもしれませんが……」

「Cステージはライバルが多いもんね。まっ、どうでもいいんじゃない?」

 律夏ちゃんはスポーツドリンクをラッパ飲みして、大きな息を吐いた。

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