第443話
ミュージック・フェスタの二日目。
今日も出番は午後の4時だから、それまではフェスタを観てまわる。昨日は気後れしちゃったけど、もう大丈夫だよ。
あらかじめ栞ちゃんがルートを決めててくれたおかげで、移動もスムーズに。
「栞チャン、次はどっち?」
「ひとの流れに乗って、右へ行きます。それで好位置は押さえられるかと」
Aステージのライブには圧倒されちゃった。
お客さんの数もCステージとは段違いだから、同じフェスタとは思えない。もちろん舞台に立つのは大人気のアーティストで、声援も大気が震えるほど。
これに比べたら、わたしたちのステージなんて……ねえ?
でも昨日のように自分を卑下するつもりは、もうなかった。それはANGEのメンバーを貶めることにもなるから。
力不足を自覚することと、自棄になることを、はき違えちゃいけないもん。
律夏ちゃんが陽気な笑みを弾ませる。
「今日は響希チャンも調子いいみたいだし。イケるよ、絶対」
「うん! 昨日の分は取り返してみせるから」
わたしはガッツポーズに力を込めた。
環ちゃんと詠ちゃんもANGEのステージに期待してくれてる。
「ほんとに今日は大丈夫なんでしょうね? 響希ぃ」
「環っちも手厳しいなあ。心配すべきはお姉ちゃんだって」
やがてお昼も過ぎ、二日間に渡るミュージック・フェスタは佳境を迎えつつあった。
早めに控え室へ戻ると、月島さんがお手製のハチミツレモンをご馳走してくれる。
「栄養満点ですよー。どうぞ」
「ありがとうございます!」
コンディションは万全、栞ちゃんも昨日ほど緊張はしてない。
「心を無にするんですよ。いいですか?」
「格闘家じゃないんだからさあ、お姉ちゃん……」
あとはわたしの心ひとつだね。
ステージ衣装を手掛けてくれた咲哉さんのためにも、最高のライブにしたかった。着替えを済ませて、メイクもして……いよいよ午後4時、オンステージが近づく。
わたしたちは円陣を組むと、目配せとともに頷きあった。
「みんな、最後にもう一回だけ。昨日はほんとにごめんね。せっかくのライブを、あんなふうにしちゃって……」
有耶無耶にするつもりはないの。昨日の失敗はやっぱりわたしに責任があるから。
「だから今日は、昨日できなかったことも全部やろうよ。みんなで」
わたしの決意を受け、律夏ちゃんがやにさがる。
「とーぜんっ。ANGEの本気を見せてあげないとね」
栞ちゃん、そして麗奈ちゃんも意気込んだ。
「今日くらいは私も勝ち組になる所存ですので」
「思いっきり演るだけよ。ギターがぎこちないなんて、もう言わせないわ」
まずは本気で楽しむこと。
けど、実績を作ることも忘れてないよ。ANGEはこのフェスタを弾みにして、次のステージを目指さなくっちゃいけないんだから。
今になって、わたしは音楽『活動』の意味を少し理解できた気がする。
「えい、えい、おー!」
ついにライブの時が来た。
昨日と同じように、ギャラリーの最前列には環ちゃんと詠ちゃんの姿がある。
「踏ん張りなよー! お姉ちゃん! みんなも!」
「頑張ってください、速見坂先輩!」
客入りは七割くらい……かな。昨日の失敗が響いてるんだ。
あとの三割を集められなかったのは、わたしのせい。それはそれとして認め、わたしは深呼吸で気持ちを落ち着かせる。
「……ふう」
キーボードの鍵盤はちゃんと見えてた。
律夏ちゃんの『準備オーケー』を確認したら、再び大きく息を吸い込んで――。
「みなさん! こんにちはっ!」
わたしは満面の笑顔で、堂々と声を張りあげた。
「ANGEの天城響希です! キーボードを担当してまぁーす!」
続いて、律夏ちゃんがドラムを試し打ち。
「ドラムの葛葉律夏だよ。んで、そっちで固まってるのがベースの大羽栞チャン」
「ご、ご丁寧にどうも……」
栞ちゃんの挨拶は触り程度にして、麗奈ちゃんへトス。
「ギター担当の速見坂麗奈です。今日はよろしくお願いします」
昨日とは打って変わって賑やかなMCに、お客さんたちの反応も変わった。
「あれ? ぱっとしないバンドって聞いたけど……」
「ちょっと待って! 葛葉律夏って……あの、元CLOVERのっ?」
律夏ちゃんの名前が驚きをもたらす。
なんたって、あのCLOVERの葛葉律夏だもん。まさかのサプライズは瞬く間に反響を呼び、ギャラリーは一斉に前へ詰めてきた。
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