第434話
とんだユーレイ騒動のおかげで目が冴える。
わたしたちはまっすぐお部屋へ戻らず、手頃な窓を開けた。夜中の一時を過ぎてるだけに、風が涼しい。それを浴びながら、麗奈ちゃんが長い髪をかきあげる。
「夏の合宿で肝試しなんてね……はあ」
その隣でわたしは笑みを含めた。
「でも、ちょっと面白かったかも? 月島さんには悪いけど」
「本物の不審者やユーレイだったら、そうは言えなかったでしょう? あなた」
こうして麗奈ちゃんとふたりで過ごすのが、嬉しいせいもある。
わたしと麗奈ちゃんは小五の頃に別れ、高一で再会した。
その数年のうちに麗奈ちゃんには色々あって……わたしと同じANGEのメンバーであっても、わたしとは違う理由で音楽をやってるの。
天城響希と速見坂麗奈の気持ちは、ずっと平行線のまま。
だけど、今夜はそれが少し交わった気がした。思い出の中の麗奈ちゃんは今、わたしの隣にいるんだ。
麗奈ちゃんがわたしを遠ざけたのだって、わたしを巻き込まないため。
「律夏たちには内緒にしておきましょ」
「そうだね」
わたしたちは少しずつ昔の関係に戻りつつある。
でも――麗奈ちゃんがANGEに加わったのは、あくまで『プロになるため』なんだよね。フェスタで結果を出し、弾みをつけようとしてる。
決してプロ志向じゃないわたしや律夏ちゃんとは、そこが食い違ってた。
「ねえ、麗奈ちゃんは……」
それを確かめたいくせに、わたしは口を噤む。
「なあに?」
「……ううん、なんでも。夜はほんとに涼しいね」
「そう……ね。真夏なのが嘘みたい」
麗奈ちゃんは夜空を仰ぎながら呟いた。
「私と、響希と、律夏と、栞さんと……あと篠宮さんと。わたしと響希はともかく、この春までろくに縁もなかったのに、今は一緒にバンドやってるのも……嘘みたいだわ」
わたしのキーボードと、律夏ちゃんのドラムと、栞ちゃんのベースと、麗奈ちゃんのギターと。ANGEは羽根を揃え、はばたく時を待っている。
「この夏が一生で一回きりだなんて……」
それが嬉しくもあり、また切なくもあった。
高校一年の夏は一度だけ。それ以上にミュージック・フェスタに出場できるなんて、今年限りのこと。来年には、ANGEは影も形もなくなってるかもしれない。
だからこそ――わたしも麗奈ちゃんと一緒に夏の夜空を見上げた。
「最高のライブにしようね。みんなで」
「ええ。もちろんよ」
やがて眠気が戻ってきて、わたしは欠伸を噛む。
「ふあ~あ」
「そろそろ戻りましょうか。明日も早いもの」
今夜は一秒さえ惜しい気がしたけど、やっぱり睡魔には抗えなかった。
☆
翌日、みんなで練習してると、昨夜の音楽プロデューサーが様子を見にやってくる。
「邪魔するぞー。えぇと……そっちの子と、お前もだっけ」
雲雀さんはわたしと麗奈ちゃんに目をつけ、つかつかと歩み寄ってきた。そして声のボリュームを落としつつ、念を押すの。
「昨晩のことは忘れろ? わかったな?」
「……ハイ」
律夏ちゃんが首を傾げた。
「誰なの? 響希チャン」
「VCプロのプロデューサーで、巽雲雀さんだよ」
「巽さんですか。初めまして」
栞ちゃんが頭を下げようとするのを、雲雀さんはぶっきらぼうに拒む。
「雲雀で構わん。で……お前たちが井上社長の言ってた、ガールズバンドか」
ANGEは井上さんの肝入りの企画として、VCプロでも噂になってるらしかった。やっぱり元アイドルの葛葉律夏にインパクトがあるせいかな?
雲雀さんは姿勢よく壁にもたれ、腕を組んだ。
「フェスタに出場するそうじゃないか。聴かせてみろ」
わたしと麗奈ちゃんは顔を見合わせて、同じ疑問符を浮かべる。
……あれ? 割とまともなひと?
あの井上さんが引き抜いたくらいだから、当たり前か。
プロデューサーの鋭い視線に少し緊張しながらも、わたしたちは練習を再開する。
二曲ほど演奏を終えると、雲雀さんが口を開いた。
「ドラムは合格。ギターは硬い。ベースは消極的」
感想はほんの一言。だけど、どれもまさしく正鵠を射てて、みんなが驚く。
「どうした? 自覚はあるんだろう?」
「は、はい……」
とりわけ弱点を言い当てられた栞ちゃんと麗奈ちゃんは、戸惑ってた。
それから雲雀さんはキーボードのわたしにも。
「キーボードはピアノの経験者だな。椅子に座って弾いてみろ」
「……?」
そのアドバイスに何の意味があるのか、すぐにはわからなかった。
けど、このひとはわたしたちの演奏センスを一発で見抜いてる。それに昨夜のピアノ、酔っていてもメロディー自体は美麗だった。
だから疑ったりせず、わたしは助言に従ってみる。
椅子に座ったうえでキーボードを演奏すると、不思議と音色が柔らかくなった。栞ちゃんも気付いて、わたしと口を揃える。
「あれ? どうして……」
「印象ががらりと変わりましたね。座っただけで」
「当然だ」
音楽プロデューサーは腰に手を当て、得意げにやにさがった。
「座ってピアノを弾くのと、立ってキーボードを弾くのとじゃ、力加減がまったく違ってくるからな。鍵盤の高さだって異なるし、重心もずれる」
まさか……そんなことで?
演奏するのに立つとか座るなんて、意識したこともない。
でも言われてみれば、理に適った指摘だった。ピアノでは肘を曲げてたのが、キーボードでは肘を伸ばしてる。それによって、指の力もいくらか変わってくるわけ。
そしてこれは、パパは教えてくれなかったこと。
律夏ちゃんがひゅうと口笛を吹いた。
「やるねー。雲雀さん、だっけ? 退屈してんなら、今日は付き合ってくんない?」
「そのつもりだ。今日一日でどこまでフォローできるか、わからないが」
合宿の最終日にして、わたしたちはコーチに恵まれる。おかげでレッスンの総仕上げは思いのほか捗った。
途中から見に来た月島さんも舌を巻く。
「さすが巽先輩ですね。音楽に関してはVCプロで一番です」
「おいおい、世界一の間違いだろ」
「……ですので、それ以外もお願いしますよ。はあ……」
ミュージック・フェスタに向け、ANGEは大きなパワーアップを果たした。
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