第429話
律夏ちゃんがドラムスティックを構える。
「そんじゃあANGEの楽曲、ぶっ通しで合わせてみよっか。行くよー」
「うんっ!」
わたしと一緒に、麗奈ちゃんや栞ちゃんもすうっと息を吸い込んだ。
「ワン、ツー、スリー、フォー!」
スタジオに爆音が鳴り響く。
それから二時間ほど、わたしたちはノンストップで練習を続けた。
いつもの練習だと、最初のうちは音がずれたりして、合ってきた頃には解散の時間になっちゃうんだけどね。今日から五日間は、そこから先をレッスンできるの。
冷房も効いてるから、夏の暑さはどこへやら。
それでも疲労はするし、次第に集中力も途切れがちになってきた。わたしのミスが目立ち始め、栞ちゃんがストップを掛ける。
「そろそろ休憩にして、お昼ご飯にしませんか」
「賛成ぇ~」
キーボちゃんも休ませてあげないとね。
ギターから手を離そうとしない麗奈ちゃんを、律夏ちゃんが促す。
「根を詰めても、疲れるだけだもんね。ほら、麗奈も」
「え、ええ……」
ちょうど月島さんからお呼びが掛かって、わたしたちはスタジオの一階へ。
お昼ご飯は月島さんの手作りだよ。ご飯と、お味噌汁と……わたしのパパにもひけを取らない、理想的なバランスの献立が、女子力の高さを物語る。
「遠慮せずにしっかり食べてくださいね」
「いただきまぁーす!」
ANGEのメンバーは未成年ばかりだから、合宿の間は月島さんも一緒なの。
その月島さんが眼鏡越しに苦笑い。
「実は私、先月に体調を崩しまして……大学卒業とともに生活が一変したことで、思いのほか疲労が溜まってたみたいなんですよ。みなさんも気をつけてください」
栞ちゃんは肝に銘じるように頷いた。
「人間は疲れる生き物ですから。自分は大丈夫、というのが落とし穴なんですよね」
律夏ちゃんが麗奈ちゃんのほうへ瞳を転がす。
「かもねー。フェスタは北海道まで行くわけだし……」
「暑さはましでしょうけど、油断は禁物ね」
お昼ご飯を食べながら、改めてわたしたちはフェスタの日取りを確認した。
ミュージック・フェスタは八月の二日から三日に掛けて、北海道で開催されるの。だだっ広い自然公園が丸ごと会場になるんだって。雷が鳴らない限り、雨天でも決行。
昔は本州で開催してたらしいんだけど、八月の頭は夏の暑さがピークでしょ? 時期を九月へずらそう、なんて意見もあったんだとか。
そこで会場を北海道へ移したわけ。北海道なら、八月の平均気温も二十度に至らないそうだから、熱中症のリスクは低くなる。
それでも夏は夏、でもってフェスタは屋外がメインだから、今のうちから体調の管理はしておく必要があった。
「少しは外に出て、身体を馴らしておいたほうがよさそうですね」
「栞さんの言う通りです。まあ無理のない範囲で」
次の話題は当日の楽曲について。
完成したばかりの『シンデレラの靴を探して』を含め、ANGEには4曲の持ち歌があった。そしてANGEの出番は一日目と二日目の両方に、20分ずつある。
20分……MCも入るから、三曲は厳しいかなあ。
栞ちゃんが曲の精度を分析しつつ提案した。
「練習量で言うなら、もっとも安定してるのは『おはようミッドナイト』で、逆に不安なのが『シンデレラの靴を探して』でしょう。この二曲は二日目にまわしませんか」
麗奈ちゃんは思案げに頬を撫でる。
「そうね……初日にいきなり新曲じゃ、プレッシャーになるかも」
「ミッドナイトはあとのほうが安心感あるね。確かに」
特に異論は出なかった。楽曲の組み合わせはその方向で固めることに。
フェスタまでの日程を指折り数えながら、わたしは首を傾げる。
「で……明日がステージ衣装の受け取りで、明々後日は最後のライブだっけ?」
「そうですよ、響希さん」
「じゃあ、明後日は丸々空いて――」
と続けようとしたら、麗奈ちゃんの一声に遮られちゃった。
「もちろん練習あるのみよ、響希。宿題が気になるのはわかるけど」
優等生の発想を前にして、こっちは言い出しづらくなる。
「う、ううん? その……宿題じゃなくて……」
せっかくだから、スポーツジムのプールに誘おうと思ったんだけど……。プールがあるのは聞いてたから、ちゃんと水着も持ってきてるし。
律夏ちゃんが溜息とともに肩を竦める。
「はあ~っ。少しくらい遊ばせてあげなよ。麗奈も水着は持ってきてるんでしょ?」
「え? ええ……響希が言うから、一応」
「そんじゃ、明後日のお昼はプールだね。優待券も消化しないと」
わたしは祈るように両手を合わせ、大親友を見詰めた。
「律夏ちゃん……!」
「響希チャンのことはあたしが一番、わかってるからね」
ふたりで心の友ごっこしてると、麗奈ちゃんは面白くなさそうに拗ねる。
「な、何よ? 三ヶ月やそこらで響希のこと、何でも知ってる顔してくれちゃって……」
それを栞ちゃんが横から一刀両断。
「実際、麗奈さんより律夏さんのほうが、よくご存知だと思いますが」
「しっ、栞さん? あなた、どっちの味方なのよ?」
「まあ……響希さんの味方ですね」
栞ちゃんにもトキめきそうになっちゃった。
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