第428話
そのわたしが『楽しいから』なんてだけの理由で、みんなの可能性を左右しちゃって、ほんとにいいのかな……?
「明日は水着忘れちゃだめだよ、響希チャン」
律夏ちゃんの何気ない言葉が、わたしを現実へと引き戻す。
「律夏ちゃんこそ」
「スクール水着を着て登校して、下着を忘れた……なんて失敗もアリですが」
「ないよ」
まずは明日の水泳大会だね。
今度こそ一組に勝つぞ、お~っ!
響希たちのS女子学園に続いて、L女学院も水泳大会の当日を迎えたわ。
中等部は高等部の試験中に済ませたようね。環ちゃ……篠宮さんからメールで『騎馬戦で最後まで残りました』と報告があった。
今日は高等部・一年の水泳大会よ。寮の部屋でスポーツバッグにゴーグルやタオルを詰めながら、わたしは紺色のスクール水着に目を留める。
「……」
今日はほとんどスクール水着で過ごす……のよね。普段のプールの授業と違って、一年生の全クラスが同時に着替えるわけだから、更衣室は混雑するのが目に見えてる。ロッカーだって全員の分が入りきるとは思えないわ。
だったら、あらかじめ水着を着ておくほうが、いいんじゃないかしら?
L女の淑女にあるまじき横着に気は引けたものの、私は先にスクール水着を着て、その上に制服を重ねる。
真っ白な制服にスクール水着の紺色が透けることもなかった。多少なりとも蒸れるのを感じつつ、この恰好でスポーツバッグを抱え、寮を出る。
しかし――半日後、私はこの浅はかな判断を後悔する羽目に。
「……あっ?」
ま、まさか着替えのパンツを忘れるなんてぇ……。
☆
いよいよ夏休みに入り、合宿が始まったよ!
VCプロお抱えのスタジオにて五日間、朝から晩まで練習だらけのフルコース。ミュージク・フェスタの二日も含めると、一週間もの長丁場になる。
「一週間も響希がいないなんて、耐えられないよぉー」
わたしがいない間、パパはタメにゃんのぬいぐるみを抱っこして、寂しさを紛らわせるんだって。わたしとどっちが子どもなんだか……。
まずは月島さんたちの車でスタジオへ。
「親御さんの許可も降りたようで何よりです」
「うちはお母さん、割とコッチの活動に理解あるほうだからさ」
こっちのパパが少し駄々を捏ねたくらいで、わたしや律夏ちゃんは簡単に外泊のお許しが出た。栞ちゃんも揉めたりはしなかったみたい。
「詠が友達と旅行に行くとかで……私のほうも許可が降りたんです」
「夏だし、海かなあ?」
「いいねー、海。フェスタが終わったら、この面子で遊びにも行かなくっちゃ」
一方で、麗奈ちゃんは少々苦しい立場だった。
バンド活動は実家に秘密にしてるから、今回の合宿も内緒らしいの。前野さんに協力してもらって、表向きはL女学院の寮で勉強してることになってる。
「大丈夫なの? 麗奈ちゃん、お婆さんに言わなくて……」
「反対されるに決まってるもの。とにかく先に『実績』を作らないと、あのひとは絶対、認めてくれないわ」
あのひと……かあ。麗奈ちゃんとお婆さんの間に距離を感じずにはいられない。
「そんな調子でバレたら、余計にまずいんじゃない?」
「その時は……あなたたちに迷惑は掛けないから」
それきり麗奈ちゃんは口を噤むと、窓の外へ視線を遣った。そんな麗奈ちゃんをサイドミラー越しに眺めつつ、助手席のわたしは大袈裟にぼやく。
「律夏ちゃんは宿題、持ってきた?」
「まさか。フェスタまではそれどころじゃないよ、響希チャン」
「栞ちゃんは?」
「学年が違いますので、あてにされましても」
律夏ちゃんのみならず、栞先輩の返答も素っ気なかった。わたしのノーミソの不足を補える、頼もしい戦力なのに……。
「ところで麗奈ちゃん、環ちゃんは?」
「あの子は演劇部よ。でもフェスタは一緒に行くって、言ってたわ」
「ANGEのメンバー候補だもんね。井上さんもなかなか太っ腹じゃないの」
やがて車はスタジオの駐車場へ入り、反動とともに停まる。
「案内します。楽器を持って、ついてきてください」
「はーい」
わたしはキーボード、栞ちゃんはベース、麗奈ちゃんはギター。律夏ちゃんは手頃な台車を借り、ドラム一式をスタジオへ運び込む。
「ANGEで使えるのは三階にある第3スタジオだけですので。ほかのスタジオに入ったりはしないでくださいね」
「あっ、収録とかしてるんですか?」
「そういうことです」
マネージャー(研修中)の月島さんに従い、わたしたちはエレベーターで三階へ。
「寝る時はこちらの部屋を使ってください。雑魚寝となりますが」
案内された先は、寝室……じゃなかった。空っぽの部屋の中、無造作に人数分のお布団が積んであるだけ。
「食事は私が作りますので、ご心配なく」
「は、はあ……」
中学時代の、バレー部の夏合宿と同じだった。
栞ちゃんが戸惑い半分に質問する。
「あの、月島さん。お風呂はどうするんですか?」
「隣のスポーツジムを挟んで、銭湯がありますので。何でしたら、ジムのプールで息抜きしてもいいんですよ。社長に優待券をもらいませんでしたか?」
スタジオのすぐ傍には、井上さんの御用達らしいジムが看板を掲げてた。フィットネス用のプールもあるとかで、勧められたの。
「デスクワークだものね。運動不足を気にして、鍛えてるのかしら」
「いいえ、モデル時代からの日課だそうですよ」
「へえー。井上さんってファッションモデルやってたんだ?」
とりあえずプールはあとまわし。
時間を無駄にしないためにも、わたしたちは練習の準備に取り掛かった。
第三スタジオはさほど広くはないものの、防音・空調ともに完備。スピーカーやアンプも一通り揃ってる。
「何かあったら、ケータイで呼んでくださいね。私は一階の厨房にいますので」
月島さんはそう言い残すと、エレベーターで降りていった。
キッチンがあるってことは一応、宿泊も想定した物件なのかな。雑魚寝だけど……。
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