第410話
カウンターの奥から店長さんらしい女のひとが出てくる。
「VCプロのANGEね、ようこそ。話は聞いてるわ」
「本日はよろしくお願いしまーす」
わたしたちは一様に頭を下げ、あとは店長さんの案内に応じた。
「こっちよ。入って」
スタッフオンリーのエリアにお邪魔して、会議室のような部屋で落ち着く。わたしと律夏ちゃん、栞ちゃん、麗奈ちゃん、ついでに蓮ちゃんも。
ブティックを切り盛りしてるのは蓮ちゃんのお姉さんで、大学生の真井舵蘭さん。
「真井舵(まいだ)さんって、変わった字を書くんですね」
「普通なら『舞う田んぼ』だと思うでしょう? よく言われるわ」
さっきの店員さんはお店番のため、ミーティングには参加しなかった。センス抜群だから、ぜひ相談に乗って欲しかったんだけど。
早速、蘭さんが切り出す。
「ライブで着るステージ衣装を、という話よね。イメージは固まってるの?」
ここはリーダーのわたしがしっかりしないと、ね。
「パンクスタイルの手前くらいで考えてるんです。それから……えぇと」
「四人分で、予算はこれを目安にしてます」
口ごもると、すかさず栞ちゃんがフォローに入ってくれた。
蘭さんは意味深な調子で独りごちる。
「ステージ衣装で、しかもVCプロ……絶妙のタイミングねぇ」
「あの、蘭さん?」
「わかったわ。今からなら夏にも間に合うはずよ」
蘭さんは立ちあがると、大声で店番のスタッフを呼んだ。
「咲哉ちゃーん! ちょっと来て」
「はーい! ただいま」
咲哉さん……かあ。咲哉さんが扉を開け、眼鏡越しに会議室を覗き込む。
「このお仕事は咲哉ちゃんに任せてみようと思うの。ライブ用の衣装なんだけど……」
「えっ? ライブ用って……じゃあ、こちらのかたがたはアイドルなんですか?」
なんで『アイドル』と思われたんだろ?
「バンドよ。ガールズバンドって、聞いたことないかしら」
「ごめんなさい。わたし、音楽は素人ですから……」
「女の子だけのバンドね」
蘭さんは企画書を咲哉さんに委ねると、自分のほうが店番へ戻っていっちゃった。
咲哉さんは戸惑いながらも、企画書とわたしたちを交互に見比べる。
「ガールズバンド、ANGE……概要はわかりました。要するに既存の洋服で、ステージ衣装らしく仕上げたい、ということですか?」
「あ、はい! そーなんです」
「じゃあ、代表でおひとりをベースにして、今日のうちにコンセプトを固めましょうか。残りのかたはそれを軸にして、コーディネイトすればいいと思います」
話は思いのほかトントン拍子に進んだ。咲哉さんに牽引される形で、わたしたちも行動を開始する。
「とりあえず背丈と、スリーサイズと、あと足のサイズを測らせてください」
そっか……靴も要るんだっけ。
「逃げちゃだめだよー? 栞チャン」
「に、逃げませんよ。カラオケに比べたら百倍、ましです」
それから売り場へ移動し、わたしを基準として洋服を吟味することに。
咲哉さんはあれもこれもと手に取っては、わたしの正面にお洋服を重ねた。
「ライブならスタイリッシュに決めたいわね。黒を基調にして、赤で……いいえ、青のほうが引き締まるかしら? フリルよりはリボンのほうが……」
ほんとにファッションが好きなんだなあ……。
センスなら律夏ちゃんも負けてない。
「全員が全員、スカートじゃなくってもいいんじゃない? あたしはドラムだから、どっちかってーと、パンツのほうが演奏しやすいしさあ」
「え? ドラムって、足も使うの?」
でも咲哉さん、音楽のことは何も知らなかった。
「腕に飾り気が多くても、演奏の邪魔になりそうだよね」
「なら、ノースリーブで……例えば、これにスカートを合わせるのはどう?」
「あっ、可愛いかも!」
だんだん楽しくなってきて、わたしや律夏ちゃんも意見を出す。
ただ、麗奈ちゃんは遠慮がちに様子を見守ってた。
「お店の商品でしょう? こんなに出したり引っ込めたりして、大丈夫なの?」
それを律夏ちゃんが肘で小突く。
「服を買う時って、こんなもんでしょ。ブティックとか行かない?」
「た、たまに寄るくらいで……センスだってないもの、私」
わたしと律夏ちゃん、そして咲哉さんは目配せとともに、にんまりと唇を曲げた。
目の前には垢抜けてない着せ替え人形――。わたしはワンピース、律夏ちゃんはカットソーを手に取り、じりじりと麗奈ちゃんに近づく。
「ついでにファッションの勉強もしていこうよ、麗奈ちゃん。えっへっへー」
「センスがないなら、磨けばいいじゃん。ねえ? 咲哉さん」
「その通りです。さあ、どうぞ更衣室へ」
対し、麗奈ちゃんは狼狽しながらも両手でバッテンを切った。
「ステージ衣装が先でしょ! 目的を忘れないで……ほら、栞さんも何か……あら?」
そこでわたしも、メンバーがひとり足らないことに気付く。
いつの間にやら、栞ちゃんはお店の隅っこで縮こまってた。顔面蒼白になって、しきりに唇をわななかせるの。
「ブティックのセールストークなんて、私にはとても……みなさんにお任せします」
栞ちゃんにはハードルの高いお店だってこと、忘れてた。
「だ、大丈夫! 栞ちゃんには着せたりしないから」
「そうそう! オモチャにするのは麗奈だけ」
「ちょ、ちょっと? 誰がオモチャよ」
今にも逃げ出しそうな栞ちゃんと、目に見えない綱引きを繰り広げる。
やっとのことで栞ちゃんは落ち着きを取り戻してくれた。
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