第411話
「それにしても……差支えがなければ教えて欲しいのですが、律夏さん。芸能人が自前で衣装を用意する、なんてことはあるんですか?」
律夏ちゃんは思案顔で瞳を転がす。
「んー、ジャンルによるんじゃない? 漫才師だと、小道具なんかも自分で作るみたいだけど。アイドルユニットが衣装を探しまわるってのは、聞いたことないね」
「インディーズでもそうでしょうか」
「そこはメジャーもインディーズも関係ないよ、多分」
栞ちゃんの疑問に思うところが、わたしには読みきれなかった。
そんなわたしに代わって、麗奈ちゃんが問い返す。
「何か気になることでもあるの? 栞さん」
「いえ……VCプロはタレントの自主性を重んじる方針なのかと」
傍で聞いてた咲哉さんが、『そうですね』と前置きした。
「おそらく井上さんはANGEの責任感を見極めたいんでしょうね。単に演奏が上手いだけじゃ、プロとは言えないんですよ。スケジュール通りに工数を消化してこそ、本物のプロですから」
工数を消化……かあ。クリエイティブ(創造的)なお仕事でも、プロダクティブ(生産的)なフレーズだと、まったく印象が違って聞こえるから不思議だね。
栞ちゃんも感心してた。
「なるほど。本気なら、それくらいできて当然、と」
「私もギターだけで評価されるわけじゃないってことね。気を引き締めないと……」
これで本番までグダグダになるようなら、デビューは白紙になるのかも。
わたしもそれを肝に銘じつつ、ステージ衣装を推敲する。
ふと律夏ちゃんが呟いた。
「咲哉さんは知ってるんだね? VCプロの井上社長のこと」
「え、ええ……まあ。有名なひとだもの」
咲哉さんは苦笑い。
この時のわたしたちは思いもしなかった。ANGEの公式デビューとなるライブの衣装が、あの九櫛咲哉のプロデュースだったなんて、ね。
☆
咲哉さんのおかげで、ステージ衣装は目処がつく。
何でもVCプロとは縁があるとかで、早々と話がまとまったの。わたしたちは肩の荷が降りた気分で、次の週を迎える。
そんなある日の放課後、ライブハウスにて栞ちゃんがまくし立てた。
「みなさん。今日はキャンセルがあって、ステージが空いてるそうなんです。それで、叔父さんがサプライズライブをしないか、と……」
律夏ちゃんが歓喜の声をあげる。
「いいね! チャンスがあるなら、どんどん演ってかなくっちゃ」
「賛成! 準備しよっか」
わたしも乗り気になって、律夏ちゃんと投合した。
少し遅れて麗奈ちゃんも駆けつける。
「お待たせ。……どうかしたの?」
「ステージが空いてるから、サプライズでライブしようって話になったんだよ」
「あぁ、なるほど」
麗奈ちゃんだけL女学院の制服になっちゃうけど、いっか。
衣替えは終わり、みんなが半袖の夏服になっていた。この梅雨が過ぎたら、いよいよ夏だもんね。ライブは一回でも多く経験しておきたい。
ただ、ミュージック・フェスタとやらは未だに想像がつかなかった。一応、去年のフェスタのビデオを観たんだけど、やっぱり映像じゃピンと来なくって……。
本当は何かの間違いじゃないのって、今でも思うほど。
ステージで準備に勤しんでると、麗奈ちゃんが躊躇いがちに呟いた。
「ところで……響希、あなたは最近、誰かに『見られてる』って感じたりしないかしら」
「え? どうかなあ……」
わたしは首を傾げ、疑問符を浮かべる。
栞ちゃんがトーンを下げた。
「心当たりがあるんですか? 麗奈さん」
「ええ。その……時々、視線を感じるのよ。特にライブハウスに来る日は」
言いにくそうに麗奈ちゃんは、肝の部分をオブラートに包む。
わたしと律夏ちゃんは同じ結論に至った。
「まさか……ストーカー?」
「可能性はあるよ。なんたって、青龍家のご令嬢だしさ」
麗奈ちゃんは筋金入りのお嬢様だけに、不安になる。
けど、栞ちゃんはまったく別の想像をしてた。
「ボディーガードじゃないんですか? ライフルを携えたヒットマンが、どこかに……」
「いないったら、そんなの。……多分」
その可能性はなきにしもあらず、と麗奈ちゃんは曖昧に答える。
うーん……青龍家のお嬢様にストーカーかあ。
「前野さんにはもう話したの?」
「一応ね。VCプロの社長さんには、まだだけど」
律夏ちゃんは腕組みのポーズで、ドラムスティックを脇に挟んだ。
「あたしも昔、ライブのあとに追っかけられたことあるよ。実際のところ、逸脱しちゃってるファンもいるからね。お嬢様なんだし、送り迎えしてもらったら?」
本物のお嬢様とはいえ、麗奈ちゃんは護衛の活用を尻込みする。
「それはさすがに……前野さんだって暇じゃないもの」
「そこは遠慮するところじゃないよ。それで、しばらく様子を――」
話の途中で、急にステージの照明が落ちた。
非常灯は残ってるものの、わたしたちは突然の真っ暗闇に放り込まれ、動揺する。
「え? あ、あれ?」
その闇の中、栞ちゃんの表情だけがぼうっと浮かびあがった。ケータイのライトで顔の下半分を照らしつつ、低い声が物語る。
「ひょっとしたら変質者ではなく、幽霊かも……しれませんね」
ぞっと背筋に寒気が走った。
「ちょ、ちょっと……やめてよ? 栞ちゃん」
「おや、ご存知ないんですか? このライブハウス……『出る』んですよ。志半ばで倒れた、哀れなギタリストの霊が……音楽に誘われて……」
さしもの律夏ちゃんもごくりと息を飲む。
何でも、このステージで深夜の2時22分にロックを演奏すると、どこからともなくギターの音が聴こえてくるんだって。……ぞぞぞっ。
「そ、そんなの、どこにでもある怪談じゃん。ねえ? 響希チャン」
「うっ、うん。S女でも似たような話、聞いたよ」
わたしと律夏ちゃんは口角を引き攣らせながら、『作り話』の説を採用。
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