第389話
「誰かと待ち合わせしてるんじゃない?」
「かな? まあいっか」
「お待たせしました。205号室です、行きましょう」
栞ちゃんと合流しつつ、わたしたちはカラオケ屋の二階へ。ついでにセルフサービスのドリンクを調達していく。
ところが部屋に入るなり、栞ちゃんが席を外した。
「先に歌っててください。すぐ戻りますので」
「う、うん」
腑に落ちないものを感じながらも、わたしと律夏ちゃんは腰を降ろす。
「あたしから歌っていい?」
「いいよ。……あっ、この歌好き!」
さすが元アイドル、律夏ちゃんの選曲は定番のポップスから。
普段喋ってる時とは違う、甲高いなりに渋みのある歌声が響き渡った。息継ぎもなしにサビを軽々と歌いきり、無邪気な笑みを弾ませる。
「きっもちい~! 次は響希チャンね」
「律夏ちゃんが上手いから、プレッシャーだよ。よぉし……」
そしてわたしがマイクを受け取った頃になって、やっと栞ちゃんが戻ってきた。
「ちょりぃーす!」
やたらと軽い挨拶にわたしは度肝を抜かれ、歌い出しを忘れる。
「し、栞ちゃん? えっと……」
「なにさあ、もお~。テンション低いぞ? ふたりともー」
律夏ちゃんも目を点にして、あんぐりと口を開いた。
「あ、頭でも打ったの? 栞チャン」
「そんなことより、曲始まってるよー? 歌わないの? リツカぁ」
「え……?」
今マイクを握ってるのはわたし、天城響希なんだけど。
「ほらほら! 盛りあがってこぉー!」
栞ちゃんは大喜びでマラカスを振りまくる。
わたしはもう歌うどころじゃなくなって、栞ちゃんにマイクをパス。
「さ、先にどうぞっ」
「いいの? それじゃあ……やっぱ一曲目はコレっしょ!」
爆音が鳴り響いた。
正真正銘、本物の『爆発音』だよ。ドカーンってやつからイントロが始まる。
「エナジーダークの魔の手に! 傷つぅーくひとーびとぉー!」
PVではヒーローが怪人と戦ってた。
「戦え! 戦えぇ、エクスカイザー! 今だ必殺、カイザー・キーック!」
わたしも律夏ちゃんも呆然とするばかり。
「普通に歌ってって、言ったじゃない! 詠っ!」
ラストのサビに入ったところで、勢いよくドアが開いた。
「もー。これからって時に……」
「ヒーローソングなんて、私が歌うワケないでしょう? もっと――」
その言葉の途中で、わたしたちははたと顔を見合わせる。わたしと、律夏ちゃんと、栞ちゃんと、栞ちゃんと……。
「栞ちゃんがふたりっ?」
「あれ? ど、どうなってんのぉ?」
わたしと律夏ちゃんは本物のドッペルゲンガーを前にして、仰天。
栞ちゃん(あとから入ってきたほう)は両手をあげ、降参のポーズで白状した。
「はあ……双子なんです。私」
ふ、双子……?
栞ちゃん(元気なほう)はけらけらと大笑いする。
「私は妹の大羽詠(おおはよみ)ってんの。よろしくねー、リツカ、ヒビキ」
「響希チャンはそっちで、律夏はあたしだよ」
栞ちゃんに双子の妹がいたなんて。
カラオケは一休みして、大羽姉妹の事情聴取を始めることに。
「お部屋は3人で取ってるんでしょ? 大丈夫なの?」
「ちゃんと4人で取ってますから」
栞ちゃんがお部屋を借りたのは、詠ちゃんをカウントするためだったんだね。
引っ込み思案の栞ちゃんはカラオケを無難に乗りきるべく、同じ顔の詠ちゃんを代打に立てようとした。ちゃっかり服まで交換してる。
「そんなに歌うのが嫌なら、言ってくれてよかったのに……」
「いえ、その……カラオケという場所だけが苦手で」
ところが詠ちゃんは栞ちゃんの都合など無視して、ヒーローソングを熱唱したわけ。
「詠ちゃんは叔父さんのライブハウスに出入りしてるの?」
「ぜーんぜん。最初は私が手伝いに入ってたんだけど、お姉ちゃんがバイトしたいって言うから、交替してねー。それっきりかな」
慎ましやかな姉の栞ちゃんと、元気溌溂とした妹の詠ちゃん。
律夏ちゃんが小さな笑いを噴いた。
「これで騙せると思ったんだ? 栞チャンってば」
「お姉ちゃんは昔から、こーいう悪あがきをすんだよねー」
そういえば、前にもレスリング部を使って、わたしたちを撒いたんだっけ。
策士策に溺れる結果となり、栞ちゃんは頭を抱え込む。
「だめなんです……カラオケだけは。あの駆け引き、プレッシャー、気まずいムード……凡人には耐えられません……」
「カラオケで遊ぶのに、非凡な才能はいらないよ? 栞チャン」
こんな調子で去年、文化祭のステージに立てたのかなあ。
代わって、妹の詠ちゃんが頭を下げる。
「ごめんねー。お姉ちゃん、色々ズレちゃってて。でもベースの腕前は本物だから、天才となんとかは紙一重ってやつぅ?」
「ガクガクブルブル」
わたしと律夏ちゃんはもう一度、顔を見合わせた。
(大丈夫……かな? 今度のライブ)
(文化祭では演奏できたって話だし、まあ)
少し不安はあるものの、練習では栞ちゃん、しっかりベースを弾けてる。本当にカラオケが苦手ってだけで、ライブはこなしてくれる――と思うことにした。
詠ちゃんが前のめりになる。
「そんで、ボーカルが要るんっしょ? 私が歌おっか?」
「ヒーローソングの予定はないよ?」
その後は詠ちゃんも交えて、カラオケを続行。
ヒーローソングはとにかく『愛と勇気と正義』をアピールするんだってことは、よくわかった。ボキャロPのお姉ちゃんに対し、妹は特撮ソングの大ファンなんだね。
「栞ちゃんのバラードもすごくよかったよ。ね? 律夏チャン」
「うんうん。自信持ちなって」
カラオケ屋を出る頃には、栞ちゃんは真っ白に燃え尽きてた。妹の詠ちゃんに掴まり、おぼつかない足取りでふらふらと歩く。
「一生分の度胸を使い果たしました……もうライブで歌う分は残ってません」
「わかったってば。ライブはあたしと響希チャンで歌うから」
カラオケの目的なんて、もう忘れちゃってたよ。
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