第390話
できることなら栞ちゃんにも歌って欲しいけど、ベースに集中してもらうことに。ボーカルはわたしと律夏ちゃんのパートデュエットで調整、かな。
「詠ちゃんは音楽、やってないの?」
「ぜーんぜんっ。歌うのは好きだけどぉー」
カラオケのあとは喫茶店に寄って、お茶会となった。
「ふたりは着替えなくていいの?」
「どうせ同じ家に帰るんだし」
詠ちゃんは公立の共学に通ってるんだって。クラブはチア部とのこと。
「共学かあ……」
「彼氏は? 詠チャン」
わたしが考えてたことは、律夏ちゃんが質問してくれる。
詠ちゃんはあっけらかんと笑った。
「いない、いない! 共学だからって、誰も彼もくっついてるわけじゃないよぉ?」
それに対し、律夏ちゃんの溜息は虚しい。
「なあんだ、つまんないの。女子高生らしいトークができるとか思ったのに」
わたしはちょっと前まで共学だったから、想像はついたよ。『クラスの男子なら誰がいい?』って女子会は大抵、採点の辛いダメ出しに終始するの。
「男の子なんてジャガイモですよ」
そう言いきったのは、意外にも栞ちゃんだった。
「……そのココロは?」
「頭の中身が詠と同じレベルですから」
妹の詠ちゃんはむすっと頬を膨らませる。
「ちょっとぉ、どーいう意味? 今日は付き合ってあげたのに~」
「知らないわよ」
見てて飽きないなあ、この姉妹。栞ちゃん、詠ちゃんにはタメ口なんだ?
わたしと麗奈ちゃんの関係も、これに近かったかも。それこそ本当の姉妹のように毎日を過ごして、麗奈ちゃんがお泊まりすることもあった。
あの時間を取り戻せるなら、取り戻したい。
「帰って、練習しよっか」
自然とわたしの言葉に決意が漲る。
「連休の間に二曲くらいは仕上げておきたいもんね」
「もう一曲はお借りするんでしたね、確か」
「私も見に行っていいっしょ?」
連休が終わったら、第三土曜まで一週間ほどだもん。麗奈ちゃんと話をするためにも、今のうちにできることはやっておきたかった。
☆
ゴールデンウィークを利用して、ライブ用の曲は概ね仕上がる。
ちょっとだけ遊びにも行ったよ? 三人で買い物とか。
「わたしもバイトしよーかなあ……」
「響希チャンには優しいパパがいるじゃん」
ちなみにこの面子でお財布に余裕があるのは、律夏ちゃん。アイドル時代のギャラがたくさん残ってて、それをお母さんが管理しつつ、小出しにしてるんだって。
連休が終わり、学校が始まったら、ボーカルの練習にシフトする。
狭い音楽準備室でも、歌う分には問題なかった。隣の音楽室でも吹奏楽部が大音量で練習してるしね。
ノートパソコンで曲を流しつつ、わたしと律夏ちゃんで歌声をはもらせる。
元アイドルのお墨付きももらえた。
「これだけ歌えれば、充分じゃない? この週末は演奏と合わせて、総仕上げだね」
「エヘヘ。ふたりのおかげで、なんとか形になったよ」
律夏ちゃんのフォローと、栞ちゃんの曲があってこそ、わたしはステージに立てる。ほんと、ふたりには感謝してもしきれないかも。
「ところで……」
休憩がてら、栞ちゃんが三階の窓からグラウンドを見下ろす。
「バンド名はどうしますか?」
「あ」
わたしも律夏ちゃんもぽかんとした。
ライブハウスには第三土曜の午後に『天城響希』で予約を取ってる。けど、本来はバンド名を名乗るらしいんだよ。
律夏ちゃんは小難しい顔つきで頭を捻る。
「メンバーの頭文字を取って、H・R・S……って感じ?」
「なんだかソーシャルゲームのランク付けみたいですね。苗字だとA・K・Oですが」
「アッコはちょっと……イニシャルはなしの方向で」
ちなみにアンタレスはさそり座の星のひとつで、スフィンクスは砂漠の守り神だよ。星や天使の名前をバンド名にするのが、定番なのかな。
「あえて漢字にするのはどうですか?」
「それもいいね。あとは記号を入れるとか」
「記号って、あれ? シャープ……シャープペンシル?」
「そのシャープは違います」
じ、冗談はさておき。頭の中にイメージはあった。
「ガールズバンドっていうのをアピールしたいな、やっぱり。可愛くって、女の子のバンドなんだって、誰でもわかっちゃうような……」
律夏ちゃんや栞ちゃんも意見を戦わせる。
「あたしはファンタジックな名前がいいよ。例えばおとめ座の星で、スピカ?」
「大和撫子をカタカナやアルファベットにするのは、どうですか?」
候補は次々と出てきた。
こうなってくるとキリがなくて、栞ちゃんのノートはバンド名だらけに。
「詠にも聞いて……無駄ですね。忘れてください」
「じゃあ、パパに聞いてみよっか」
お仕事中のパパにメールを送ると、すぐに電話で返ってきた。
『やあ、響希。バンド名で悩んでるんだって?』
「お仕事はいいの? パパ」
『響希のほうが大事に決まってるじゃないか』
娘のためにもお仕事を優先して欲しいなあ……こっちは遠慮して、メールしたのに。
パパの口からは自信満々のアイデアが挙がった。
『フランス語で天使……アンジュ、なんてどうだい? 綴りはA・N・G・E』
ANGE――幻想的なフレーズがわたしの胸を打つ。
『もとは響希の名前に、僕が考えたんだよ。でも櫻子が、音楽にまつわる名前にしたいと言うから、採用はしなかったんだ』
「ふうん……」
自分の名前に別の候補があったなんて、なんだか不思議。
ひょっとしたら、わたしは響希じゃなく『杏樹』って名前だったかもしれないの。
律夏ちゃんも栞ちゃんもパパのアイデアが気に入ったみたい。
「カッコいいじゃん、ANGE! 憶えやすいしさ」
「私には派手すぎる気もしますが、リーダーは響希さんですから」
そういや、わたしがリーダーなんだっけ。
天使の名前かあ。
あの日も天使みたいに翼があれば、麗奈ちゃんを追いかけられたのに――。
「ありがとう、パパ。ANGEにするね」
『どういたしまして』
こうして、わたしたちのANGEが始動する。
ANGEのファーストライブまで、あと一週間に迫ってた。
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