第352話
「恋姫ちゃんや里緒奈ちゃんには見せられないわね。うふふっ」
(見せないでね? 絶対……)
できあがったシールをふたりで分け、それから『僕』たちは喫茶店へ足を運んだ。昼時でなくとも休日だけあって、テーブルはそこそこ埋まっている。
「Pくん、ケーキも食べましょ」
「お蕎麦じゃちょっと足りなかった?」
『僕』はレアチーズケーキで、菜々留はフルーツタルト、飲み物はふたりともホットの紅茶にした。最初のうちは来月のライブコンサートについて話していたものの、
「せっかくのお休みだもの。ほかのお話にしない?」
「そうだね。じゃあ学校のこととか……」
話題は高校生活にシフトし、行事やら試験やらで盛りあがる。
「その前に定期試験だけど……」
「菜々留、文系は大丈夫よ。数学はまたPくんが教えてくれるんでしょ?」
「もちろん。僕でよければ」
プロデューサー兼体育教師の『僕』も、英語や数学といったメジャーな教科は一通り押さえていた。そうでなくてはアイドルに『学校の勉強もしなさい』とは言えない。
以前プロデュースしていた女子高生と、一緒に勉強した成果でもある。
「心配なのは里緒奈ちゃんかな? でも先生たちも、そう無茶な問題は出さないって言ってくれてるし……ん?」
いつしか『僕』ばかり喋っていた。
菜々留は両手で頬杖を突き、まっすぐに『僕』を見詰めている。
「なんだか不思議……Pくんが本当は男の子で、ナナルとデートしてるなんて」
デートという言葉に『僕』は照れる。
「そ、そう? 彼氏っぽくできてるか、疑問なんだけど……」
「Pくんも初々しいのがいいのっ」
お互い意識するほどに、甘いムードが立ち込めた。
柄にもなく紅茶の香りを呷ってみたりしても、落ち着かない。彼女の熱っぽいまなざしにドキドキするばかりで、こちらは視線を泳がせる。
「ねえPくん。ナナル、美玖ちゃんに聞いたの。魔法の修行の間に、お嫁さんも探さなくっちゃいけないんでしょう?」
その言葉に『僕』はぎょっとした。
「ええっ? は、初耳だよ? そんなの」
「でも確かに美玖ちゃんが……里緒奈ちゃんと恋姫ちゃんも知ってるわ」
菜々留はしれっと言ってのける。
これが本当なら、当事者の『僕』は何も聞いていないのに、妹の美玖には伝わっていたらしい。ただ妹は別として、SHINYのメンバーには誤解があった。
「ナナルね、Pくんは同じ妖精さんの女の子を探すんだって、思ってたのよ」
「あぁ……なるほど」
ぬいぐるみの『僕』と人間の女の子では、そもそも恋愛が成立しない。
そのはずが、実は『僕』もれっきとした人間の男子で。
「お嫁さん……欲しいの?」
候補になりうる菜々留に直球で質問され、動揺してしまった。
「えっ? そ、それはまだ考えてないってゆーか……ごにょごにょ」
花嫁探しの件は母親の冗談にしても、菜々留を意識せずにいられなくなる。
(お嫁さんを見つけろ、だって? だからアイドルのプロデュースを認めたとか?)
まさか、そんなはずはない、と思考が堂々巡りに陥った。
菜々留は余裕めいた笑みを綻ばせる。
「考えてあげてもいいのよ? ナナル。PくんがSHINYをチャートの一位まで押しあげてくれたら……ふふっ、お礼もしなくちゃ、でしょ?」
さすがに一位は無理だろう。それを踏まえて『僕』をからかっているだけのこと。
「じ、じゃあ……その時は菜々留ちゃんをさらっていっちゃおうかな」
「Pくん次第よ。頑張ってね」
今は冗談という体にして、はぐらかす。
(ひょっとしたら菜々留ちゃんと……いやいや、里緒奈ちゃんだって……)
悶々としていると、菜々留が恥ずかしそうに口を開いた。
「ね……ねえ? Pくん。今夜も、その……ナナルとシャワーデート、しない?」
魅力的なお誘いに『僕』は生唾を飲む。
「あの場所で……今夜?」
「そうよ。今・夜」
菜々留との関係も進展しつつあるのかもしれない。
☆
所詮は『僕』も一介の男子だった。
菜々留を傷つけたくなくて、断りきれなかったのが半分。
もう半分は、やはり心のどこかで期待してしまったのだろう。そわそわと入浴までの時間を過ごし、約束の頃合いになったら、お風呂セットを抱えて部屋を出る。
「P君? こんな時間にどこへ行くんですか?」
「ぎっくう!」
バスルームとは逆方向のせいで、恋姫に呼び止められてしまった。
「え、えぇと……」
「もう外は真っ暗なんですから。早く帰ってきてくださいね」
恋姫はぬいぐるみの『僕』を不審に思ったりせず、あっさりと解放してくれる。
それでも心臓に悪かった。
(今から菜々留ちゃんと一緒にシャワーだなんて知られたら……ぞぞっ)
引き返そうか、とも思う。しかし今さら菜々留の気持ちをないがしろにしてまで、保身を優先する気にはなれなかった。
(そ、そうだよ……ちゃちゃっとシャワーだけ済ませて、戻ればいいんだからさ)
里緒奈とのお風呂デートの時のように、羽目を外して、R15相当のソーププレイに勤しむわけでもない。隠し通路を抜け、S女のプールへ。
人間の姿に戻ると、もう大した魔法は使えなかった。宿直の先生を魔法で遠ざけることもできず、シャワー室の照明の点灯に躊躇いもする。
「あとは菜々留ちゃんを待って……あっ?」
そこで気付いた。買ったばかりの水泳パンツを、いきなり忘れたことに。
そのタイミングで菜々留もやってくる。
「Pくんっ! うふふ、待たせちゃったかしら?」
「いや、今来たとこ……なんだけど」
女子校のシャワー室で必死に股間を隠す、すっぽんぽんの変質者がひとり。我ながら冒険心の溢れる行動に、寒気がした。
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