第351話
ボーリングが終わる頃には、お昼に近くなっていた。
「何か食べたいものある? 菜々留ちゃん。今日はご馳走するよ」
「そうねぇ、少し汗かいちゃったし……冷やし蕎麦なんてどうかしら?」
外は思った以上に気温が高く、今さらながら菜々留のコーディネイトに納得する。
さすがに四月の下旬では、冷やし中華などの夏メニューは提供が始まっていなかった。それでも蕎麦屋に入れば、ざる蕎麦にありつける。
「デートでお蕎麦なんて、女の子っぽくなかったりしない?」
「気にすることないよ。僕だって、よくチョコパフェを食べてるじゃないか」
「それは妖精さんの時の話でしょ? うふふ」
菜々留と一緒だと、時間がゆっくりに感じられた。箸の持ち方ひとつにしても奥ゆかしく、たおやかな気品に溢れている。
『僕』のほうも普段より作法を意識して、菜々留の彼氏を気取った。
「午後はどこに行こうか」
「えーとねぇ……お買い物と、プリメも撮らなくっちゃ」
「今日はとことん付き合うよ。菜々留ちゃん」
お喋りはあとでティータイムを設けることにして、お昼はてきぱきと済ませる。
ふと菜々留から提案が上がった。
「そうだわ。Pくんの水着、買いに行かない? 水泳部で使うかもしれないでしょ?」
「え? いや、S女では変身してるし……」
男子の姿で、まさか女子校のプールで堂々と泳げるはずがない。認識阻害の魔法でも誤魔化しきれず、社会的制裁を下されるのがオチだろう。
ただ、水泳パンツは欲しかった。
里緒奈や菜々留に正体を知られた以上、今後も変身を解除して、裸になる機会が増えるかもしれない。水着の一枚でもあれば、そういったリスクを減らせるはず。
「夏の旅行は海だものね」
「……エ?」
ところが、どうも菜々留はまた別のことを言っていた。
昨夜ケータイに届いた、里緒奈からのメッセージも、今になって理解する。
『一緒に泳ごうね、Pクン! それまでに水着を買っておくよーに』
里緒奈にしろ、菜々留にしろ、ぬいぐるみを海で浮かべるわけではないようだった。どうやら男の子としての『僕』と遊ぶ気でいる。
「みんながいるのに……どうやって?」
「チャンスがあるかもしれないじゃない。ほら、早くぅ」
心の中で『僕』は悲鳴をあげた。
(海でもやるの、これ? ふたりでエスケープして、水遊び……)
無理としか思えない。
今日のデートはまだしも、泊まりがけの旅行でエスケープは不可能に近いだろう。おまけに夏の旅行には、妹の美玖も参加が決まっている。
当然、美玖は『僕』の正体が人間の男の子だと知っているわけで。
「き、気が早いんじゃないかなあ? 海は夏だよ?」
「だからぁ、ナナルたちが泳ぐのは夏の海だけじゃないでしょう? Pクンも水着の一着くらいは持っててくれないとぉ」
このまま海に行けば、おそらくバレる。里緒奈とのお風呂デートが菜々留に、同じく菜々留と進展しつつある関係も里緒奈に――。
(ま、まあ……まだ先の話だし? 夏にはふたりとも、飽きてるだろうし……)
悪い想像を振り払いつつ、『僕』は菜々留と一緒にスポーツショップへ。
当然、四月は海水浴のシーズンではないものの、大きなスポーツ用品店では水着を扱っていた。スポーツのほか、沖縄や海外での着用を前提にしているらしい。
しかし季節が季節だけに、レジャー用のものは見当たらなかった。特に紳士用はフロアの隅にこぢんまりと、申し訳程度にスペースが設けられているだけ。
それを見つけ、菜々留は瞳をぱちくりさせた。
「男の子用の水着って……これだけ?」
「そりゃ女の子と比べたら、少ないかもね」
選ぶにしても、男性の場合はパンツが一枚、サイズの検討も腰周りひとつで済む。マリンスポーツでもやっていない限り、そう拘るひともいなかった。
「すぐに済ませるよ」
「ナナルはいいのよ? ゆっくりでも」
「いやいや。ナナルちゃんのお買い物に付き合うほうが、楽しいからさ」
何も彼女相手に気取ったわけではない。
『僕』が自分の水着を求めるのは、あくまで必要に迫られたから。しかし菜々留のような女の子にとっては、ショッピング自体が娯楽なわけで。
どちらの買い物がデートらしく有意義に過ごせるか、考えるまでもなかった。
ところが菜々留はショッピングの感覚で『僕』の水着を選びたがる。
「ナナルがPくんに似合うの、探してあげるわ」
「そう? じゃあお願いしようかな。あんまり派手じゃないやつで頼むよ」
『僕』の腰元に次々と赤やら緑やらの水着が当てられた。菜々留のほうは真剣な顔つきで、『僕』の水着選びに責任さえ感じている様子。
「こういうパンツだけなら、いつものPくんでも着られるんじゃないかしら?」
目から鱗が落ちた。
「そうか……ぬいぐるみでも」
「でしょう? なら、ハーフパンツじゃ足が出せないわね。多分」
変身を解除する際も、あらかじめ穿いておけば、丸裸は回避できるかもしれない。そうとなっては、ますます水着が入用になってくる。
候補を絞ったうえで、最終的に『僕』たちはショートパンツ風の一枚をお買い上げ。
「ありがとう、菜々留ちゃん。いい買い物ができたよ」
「うふふ、どういたしまして」
続いて菜々留のショッピングに繰り出す。
「旅行用の水着は?」
「それはシーズンが来たら、みんなで買いに行くわ。今日はブラウスと……」
案の定、女の子の買い物は長かった。あれを見たら、これを見て、あれとこれを比べもして。鏡があれば、コーディネイトを入念にチェックする。
とはいえ『僕』も退屈はしなかった。買い物に夢中の菜々留を見ているだけで楽しい。
「白いほうが涼しい感じがするね」
「Pくんがそう言うなら、こっちにしようかしら」
人気アイドルの休日を傍で守ってあげられるのも嬉しかった。
(里緒奈ちゃんも、菜々留ちゃんも、本当はもっと遊びたいよな……)
修行のために彼女たちを巻き込んだ負い目もある。
大体のショッピングを終える頃には、三時近くになっていた。『僕』は右手で買い物袋を持ち、左手で菜々留と腕を組みながら、交差点を渡っていく。
ゲームセンターの前に差し掛かったところで、菜々留が足を止めた。
「Pくん、忘れないうちにプリメも撮りましょ!」
「いいよ。やろうか」
プリントメートの筐体へふたりで入り、さらに密着する。
「こーいうの、僕はわからないからさ。菜々留ちゃんにお任せしちゃっていいかな」
「んもう……デートなんだから、予習くらいしようとか思わなかったの?」
プリントメートの使い方なら、本当は里緒奈に教わっていた。しかし男子の『僕』が手慣れていては、怪しまれるかもしれない。
(か、買い物に行ったついで、だもんな? うん)
心の中で自分と里緒奈に言い訳しつつ、菜々留の手つきを見守る。
「はい、撮るわよ! もっと寄って」
「う、うん」
『僕』と菜々留のアップを音符のフレームで囲んで、パシャリ。そのサンプルに彼女はハートマークの落書きを添え、大満足。
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