第324話
バレエのために響子ちゃんと同じ学校へ編入して、もう夏休み。
この高校はね、音楽や歌劇などの分野を幅広くサポートしてるの。バレエの劇団とも繋がりがあって、この春から候補生となったわたしの転入も、スムーズに決まった。
普段は学校に通いながら、劇団でレッスンの日々だよ。
その傍ら、わたしは音楽室にも度々出入りしてた。ピアノが空いてる時は、ここで気ままに弾いたり、作曲したりするんだ。
今日はバレエのレッスンがないし、寮のお部屋にいても退屈だから、学校へ。こんな調子だから夏休みの宿題が進まないのは、わかってるんだけどね。
同じく寮で暇してたらしい響子ちゃんも、わたしのピアノを聴きに来る。
「相変わらず上手いわね、美園さん。ピアニストっていう選択肢もあったんじゃない?」
「えへへ、買い被りすぎだってば。わたしくらい弾ける子はいくらでもいるもん」
以前はこうやって、自分を卑下することもあった。
バレエが上手なのはわたしだけじゃない。響子ちゃんを始め、わたしより上手で、度胸もあって、とっくにプロの舞台に立ってる子がいる――なんてふうに。
本当は悔しかったんだと思う。その気持ちを誤魔化そうとして、自分を貶めていたのかもしれなかった。
けど、奏ちゃんとの音楽活動を通じて、わかった気がするの。自分を『下手』だと決めつけるのは、諦めることなんだって。
それより『未熟』なのを自覚して、少しずつでも前に進まなくちゃって。
そんな思いでピアノを弾いてると、響子ちゃんが肩を竦めた。
「変わったわよね、美園さんも。前はオドオドしてばかりだったのに」
「そ、そうかなあ?」
響子ちゃんにしては珍しい賛辞がくすぐったい。
今日もピアノでかき鳴らすのは、仕上がったばかりのメロディー。響子ちゃんにも耳にタコができるくらい聴かせてる、わたしのオリジナルなの。
「ほんとに好きねぇ、その曲」
「うん。こんなとこで弾いてちゃいけないんだけど……」
実はわたし、改めてVCプロと契約していた。
春先に社長の井上さんが、わたしを『作曲家』として使いたい、って。考えもしないことだったから、すごく戸惑っちゃったよ。
『みんな、バレエはダンスだと言うわ。でも伊緒、あなたはバレエを音楽だと言ったでしょう? そのセンスをあてにしてるの。ぜひとも書いてくれないかしら』
だけど井上さんの熱意に押されて。
そして、次の言葉がわたしを奮い立たせた。
『NOAHのために』
わたしが手掛ける曲を、舞台でNOAHが歌う――。
その瞬間、漠然と楽曲のイメージが浮かんだ。奏ちゃんや結依ちゃんなら、きっとこんなふうに歌うんだろうなあって。
何回、何十回と弾いても、飽きが来ない。
このメロディーにはわたしのすべてが詰まってた。
「早くNOAHのみんなが歌うの、聴きたいなあ」
「作曲家冥利に尽きるってやつね」
ううん、わたしの全部だけじゃない。
奏ちゃんたちが想いを込めて歌ってくれるなら。
タイトルは『DREAM』――。
どうか、みんなの夢を応援できる曲になりますように。
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