第325話
みんなからご愛顧いただいてる街のお買い物コース、シュガーアベニュー。
春日部輝喜のお店は大人気の洋菓子屋さんなのっ。おと……パパとママが夫婦で切り盛りしてて、娘のキキもお手伝いしてるわけ。
「輝喜ちゃーん! 早く起きないと、遅刻するわよー!」
「や、やばっ!」
目覚まし時計はベッドの下まで転がってた。
今朝はちょっぴり大ピンチ? 大急ぎで制服に着替え、トーストをぱくっ。
お隣さんはとっくに迎えに来てた。
「遅いぞ、輝喜。どーせまた夜更かししてたんだろ」
「うぐ。ドラマが面白くって、つい……」
和菓子屋さんの娘でキキと同い年の、尾白小恋。物心ついた頃からの幼馴染みで、幼稚園からず~っと一緒なんだよねー。
たまにウザ……喧嘩もするけど、大の仲良しなんだから。
「輝喜ちゃん、小恋ちゃ~ん!」
コーヒーショップの百武那奈も合流し、いつものトリオで学校へ。
ところが、キキの鞄から急に何かが飛び出して……?
「ムムムッ? あっちにイネーガーが出現したよ、キキちゃん!」
ぬいぐるみの妖精さんが、街の危機を察したの。
「こんな朝っぱらから? んもう、学校に遅れちゃうじゃない」
「そんなこと言ってないで、急ぐぞ!」
キキたちは手頃な路地に飛び込むと、変身の呪文を高らかに唱えた。
「せーのっ……クリミナリッター・リンク・オン!」
虹色の光がキキたちを包み込む。
シュガーアベニューのみんなが早朝の空を見上げ、驚いた。
「クリミナリッターだ!」
「また怪物が出たのか? 頑張れー!」
これがキキたちの秘密。
春日部輝喜と尾白小恋、百武那奈の三人は、伝説の戦士クリミナリッターなの!
工事現場で悪さをしてるのは、怪物と恐れられるイネーガーだわ。秘密結社ダークカオスの幹部、ミストレス・セブンティーンがキキたちを迎え撃つ。
「のこのこ出てきたわね、クリミナリッター!」
「そっちこそ! いい加減、しつこいんだってば!」
今こそキキたちは力を合わせて、必殺技をぶっ放した。
「クリミナリッター・ビームッ!」
「きゃああ~!」
「ちっが~~~~~~~う!」
ミストレス・セブンティーンの断末魔より大きな声で、キキは叫んだ。
本日は大人気……じゃない、超絶人気アイドルユニット『パティシェル』の企画会議なのよ。んで、先週撮ったPVがさっきのやつ。
なぜかプロデューサー級の権限を持つマネージャーは、わざとらしく嘆息する。
「何がそんなに不満なのよ? 可愛く撮れてるでしょう。大体、撮影中はあんたたちも割とノリノリだったじゃない」
この館林綾乃ってマネージャーがまた、ひとの話を聞かないのよ。
「お仕事だからやむを得ず、だったの! わかれ!」
キキに続いて、小恋も綾乃に文句をつけた。
「こんなの、イロモノもいいとこだろ? ちょっと面白がられて終わり、に決まってんじゃんか。ったく、アニメ化だのゲーム化だの、でかいことばかり言いやがって」
那奈はにっこり笑顔で急所を突く。
「ナナとしては、ミストレス・セブンティーンって名前がまずいと思うなあ~。この配役で17歳はぁ、無理があるってゆーかあ」
俄かに綾乃の顔が赤くなった。
「バ、バレはしないわよ! プラス十歳くらいまでなら……」
「そう言って、二十代の役者が高校生を演じたりするの、あるよねー」
キキと小恋は心の底から納得して、一緒に頷く。
「うんうん」
2×歳のマネージャーは地団駄を踏んだ。
「きい~っ! こっちはあんたたちを助けてあげようってのに、生意気っ!」
キキたちが生意気ってより、こいつが大人気ないんですけどー。
中学生最後の夏は終わり、今はもう九月だった。『パティシェル』の結成から、かれこれ二年ほどの月日が流れてる。
最初はシュガーアベニューの宣伝を兼ねた、ローカル活動だったの。それがマーベラス芸能プロダクションの目に留まり、メジャーデビュー!
一時期はそれなりに売れて、今年の夏はアイドルフェスティバルにも出場したわ。
しかしアイフェスの舞台に立てたのは、たったの五分だけ。余所のアイドルに押されるうち、パティシェルの人気はみるみる失速し、現状に至る。
あと半年もすれば中学を卒業だから、お母さんたちは引退を勧めてた。
『もう充分やったでしょ?』
『高校に入ったら、アイドルどころじゃないぞ』
パティシェルはもう限界……下手な悪あがきで晩節を汚すなと、大人は言うのよ。
それはキキたちも薄々感じてて、潮時かなって思ってた。
ところが、この館林綾乃が入社一年目のくせに出張ってきて、強引に改革を始めちゃったわけ。なんでも社長のお墨付きがあるらしくって、誰も逆らえないの。
「こんなの絶対、失敗すんだろ……」
「失敗してから言いなさいよ。そんなことは」
当然、キキたちはこんなマネージャー、信じてなかった。
危うく心霊特番に放り込まれるところを、助けてもらったから、とりあえず話を聞いてやってるだけ。
「ナナはコスプレ好きだから、こーいう企画は大歓迎だよ」
「変身ヒロインだぞ? 小学生じゃあるまいし……」
人気のV字回復なんて、実際にあるわけない。
まあ最後だし、いっか――。
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