第285話
そんな透を労ってくれるのは聡子だけ。
「透くんったら、すっかり幹事のポジションですね」
「そりゃあ、一緒にいるのがタクトと志岐じゃ、なあ……」
霧崎タクトに振りまわされる者同士、透も彼女には共感ないし同情することが多い。
改めて聡子は姿勢を正し、眼鏡越しに透を見詰めた。
「そうそう、透くん。先日は咲哉さんの件、本当にありがとうございました」
「大したことしてないよ、俺は」
透は肩を竦めると、聡子に気負わせないように謙遜する。
話題の人物と同じファッションモデル出身のせいか、タクトも関心を示した。
「九櫛咲哉の話か」
「おう。事故で休業してたってやつな……」
自然と透の声色が重くなる。
NOAHの九櫛咲哉はファッションモデルとして活躍していたが、不慮の事故に遭い、危うくモデル生命を絶たれかけた。これは今から二年前のこと。
しかしファンはそれを知らず、九櫛咲哉は忽然と姿を消したもの、と思っていた。
「うちの社長も色々動いてくれたんだけど、復帰まではなあ……」
「いいえ。裁判に退職金と、叔父さんは力の限りを尽くしてくれましたよ。ああいう時の叔父さん……マーベラスプロの社長はすごいと思います」
九櫛咲哉がNOAHの一員として復帰するにあたって、事故の件をファンに話さずには置けない。それを打ち明けるための場を欲し、聡子は透に交渉を持ちかけた。
城之内透がMCを務める旅番組にて、九櫛咲哉に落ち着いて説明できる機会を、と。
これを透は二つ返事で快諾。九櫛咲哉は透の番組にゲスト出演し、その場を借りて、ファンにそれまでの経緯を話すことが叶った。
「透くんのおかげですよ。咲哉さんも、またお礼がしたいと言ってました」
熱烈な感謝の言葉を受け、透は照れ笑いを浮かべる。
「いやほんと、俺はちょっと相槌打ったくらいでさ。咲哉ちゃんが真剣に話してるのをオンエアで見て、ファンのみんなも納得してくれたんじゃねえかな。それに、なんか俺のイメージもアップしたみたいだし」
最初から狙ったわけではないものの、おかげで城之内透の評価もまた上がった。
九櫛咲哉の事情はデリケートな問題にもかかわらず、自分の番組に迎え入れ、真摯な態度で臨んだことが、世間に好印象を与えたらしい。
しかしそれを度外視しても、聡子たちの力になれたことが嬉しかった。
お気に入りの焼酎で舌鼓を打ちながら、透は本音を吐露する。
「なんつーかな……井上さんもだけど、ゴンマさんとか、業界の先輩には助けてもらってばかりいるからさ。俺も困ってる後輩がいたら、助けてやりてえって思ってたんだ」
ついでに照れ隠しの自嘲も。
「昔はほんと、自分のことしか考えてなかったし……ハハッ」
「透くん……」
ここで相手に恩を売りきれない自分を、意気地なしにも思えてしまった。だが、聡子にはこれくらいの距離感が妥当だ、と確信する自分もいる。
(あの頃はやっぱ……好きだったよなァ、聡子ちゃんのことが……)
この気持ちを彼女に伝えたことはなかった。伝えようなどと考えたこともなかった。
そんな彼女は霧崎タクトと交際を始め、おそらく順調に進展している。
「アイドル・フェスティバルでこそ決着をつけてあげるわ、聡子。私のパティシェルがあなたのNOAHをこてんぱんにしてやるんだから」
「はいはい。首を洗ってお待ちしてますので。……それはそうと、RED・EYEは今年の夏、どうなんですか?」
自称ライバルの綾乃が聡子に一蹴されたのを気の毒に思いつつ、透はメンバーの志岐に目配せした。
「この夏もライブはすっけど、ほとんど別行動だよな。俺は鉄道関係でいくつか」
「僕のほうは余裕あるよ。ホビーショーも秋になってからだし」
あえてスルーしていたタクトが口を開く。
「俺は無論――」
「コミケだろ、お前は」
「コミケでしょ? タクトは」
透も志岐も最後まで聞かずに、即答。
RED・EYEのリーダーは悩ましげに前髪をかきあげ、物憂げな溜息を漏らした。
「そのつもりなんだが、少々人手が足りなくてな。どうだ、謝礼は弾むぞ?」
「へえー」
「取引は早く済ませたい。……わかるな?」
「わからねーよ」
当然、誰も頷いたりはしない。恋人の聡子さえ辟易とする。
「コミケのお手伝いは二度としませんって、言いましたよね? 私」
「まったく……わからんやつめ。年に一度の祭典を、みなで一緒に盛りあげよう、という気概が湧いてこないのか?」
「コミケは年に二回だからねー? タクト。大きいやつは」
突っ込むついでに志岐がタクトに問いかけた。
「そーいや、秋から放送のロボットアニメ。タクト、せっかくオファーがあったのに出演しなかったの、なんで? 僕が演ることになったから、別にいいんだけど」
この秋から始まるアニメで、RED・EYEはオープニングを歌う。それに絡めて、アニメの端役をぜひ霧崎タクトに演じて欲しいという話があった。
タクトはやけに真面目な面持ちで回答する。
「声優業界はな、オレにとっての『聖域』なんだ。憧れこそすれ、決して踏み込んではならない神の領域――として、オレは受け手の側であり続けたい」
「そんなものですか?」
聡子は首を傾げるも、透には共感できる部分があった。
「俺はわかるぜ、なんとなく。俺も鉄道は好きだけどさ、じゃあ『運転したいか』って言われると、違うんだよ。自分でどうこうしたいわけじゃなくって……志岐だって、プラモを組むのはよくても、開発したいとは思わねえだろ?」
「そうだね。いくら好きでも、それは」
「少なからず面倒事を背負い込むことになるもんな。だからタクトも、たとえ実力を認められようと、声優に関しちゃファンでいたいんだろーぜ」
聡子は感心したように納得。
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