第284話



   おまけ ~聡子とRED・EYEの今日この頃~



 NOAHが全国ツアーを目前に控えた、七月下旬の夜。

 RED・EYEの面々は行きつけの居酒屋にて、NOAHのマネージャーこと月島聡子と合流し、ささやかな席を設けていた。

「本当に久しぶりですね」

「先に注文してからにしようぜ。すいませ~ん!」

 通路にもっとも近い位置の透が、恰幅のよい女将を呼びつける。

「いらっしゃい! 今夜は勢揃いだねえ」

「たまにはと思って、強引に集まったんスよ。で……お前ら、飲み物は?」

 本日の面子はRED・EYEの城之内透、霧崎タクト、周防志岐に加え、月島聡子。

 さらにもうひとり、館林綾乃が慌ただしく駆け込んでくる。

「お待たせっ! 志岐くぅーん!」

 綾乃は無理やり聡子を押しのけながら壁際を通り、志岐の隣に陣取った。

「綾乃ちゃん、お疲れー。仕事終わったとこ?」

「そうなのよぉ、もう……うちのPが急に雑用押しつけてきて……」

 殺してやろうか、と物騒な台詞が飛び出すより先に、聡子がメニューを彼女に寄越す。

「ちょうど注文するところだったんですよ。綾乃は?」

「私はビールでいいわ」

「それと、梅酒をロックでお願いします」

 さすが同期の桜だけあり、月島聡子は館林綾乃を御すのが上手かった。

 続けざまに透たちも注文を済ませる。

「僕はピーチフィズね~」

「赤ワインを」

「っと、じゃあ俺は……こっちの焼酎。白椿ね」

 選ぶのに一番時間の掛かる自分がまとめるのは、毎度のこと。

「あとは漬物の盛り合わせと……ん~」

「枝豆を忘れないでよ?」

「枝豆と。とりあえず、それで」

 しばらくして、人数分の酒が運ばれてくる。

 全員にドリンクが行き渡ったところで、透が音頭を取った。

「そんじゃあ、いよいよ夏本番ってことで……乾杯~っ!」

「カンパーイ!」

 色んな酒のグラスが中央へ集まり、チンと快音を鳴らす。

 芋焼酎の旨味を味わいつつ、透はいつもの顔ぶれを一瞥した。

(変わんねえなあ、こいつらも……)

 ひととなりをよく知るせいか、それぞれの酒の嗜好もしっくりとくる。

 例えば、さほどアルコールを求めない志岐は、ジュースに近しいチューハイやカクテルを好む傾向にあった。

 いの一番にビールを注文した綾乃は、酒については『飲めたらいい』程度で、いちいち銘柄だの産地だのには拘らない。

 逆に聡子はあまり飲もうとせず、果実酒あたりでお茶を濁したがる。

 そしてタクトは実のところ、ほとんど飲めないのだが、必ずワインで気取った。味のほうには頓着せず、肉だろうが魚だろうが情熱の『赤』を選ぶ。

「……ふっ」

 それでも甘いルックスのせいで、ワインを嗜むさまが何とも絵になった。オタク趣味を暴露した今でも、霧崎タクトに熱をあげる女性ファンは、あとを絶たない。

 綾乃は当然のように志岐の肩にもたれ、悦に浸っている。

「志岐くん、この間はどうしたの? 喫茶店の企画、タクトと透は来てたのにぃー」

 我侭な恋人のため、彼氏の志岐も調子を合わせた。

「ごめん、ごめん。外せない仕事があってね。もちろん僕だって、綾乃ちゃんを応援に行きたかったんだけどサ」

「やっぱり? 志岐くんったら、やーさーしーいー」

 志岐の台詞は少し棒読みくさいが、綾乃は勘付きもしない。

 そんな彼女を隣にして、聡子は眼鏡越しに目を細める。

「相変わらずラブラブですね」

「え? よく聞こえなかったわ、なんてぇ?」

「聞こえてるくせに……。ラ、ブ、ラ、ブ、で、す、ね」

 聡子の呆れるような物言いも、恋愛進行中の綾乃には通用しなかった。

 肝心の志岐は何やら笑いを堪えている。

(まあ確かに……綾乃がアホで面白いってのは、俺も認めるぜ)

 綾乃にばかり構っていては何も話せないので、透のほうから話題を提供する。

「で……聡子ちゃんも綾乃ちゃんもアイドル・フェスティバル狙いで動いてんだろ? この夏はとことん忙しいんじゃねえの?」

 聡子が安堵の色を浮かべた。

「もう大忙しですよ。でも今夜くらいはと、社長が……あぁ、井上さんがRED・EYEの面々によろしく、と」

「さっちゃん、井上さんは元気してんの?」

「元気は元気ですよ。ジムも通ってるみたいですし」

 VCプロの井上社長とは透たちも面識がある。

 それもそのはず、RED・EYEを結成した敏腕プロデューサーこそ、当時マーベラスプロに務めていた井上理恵だった。彼女はRED・EYEを立ちあげて間もなく、マーベラスプロを退社し、VCプロを創立している。

 それほどの人物が指揮を執っているのだから、VCプロの躍進も不思議ではなかった。特にこの一年はNOAHにANGEと、実力派のアイドルグループを続々と送り出し、世間の注目を集めている。

 ワインの赤い水面を眺めながら、タクトが呟いた。

「あのひとなら、モデル一本でも成功していた気はするがな」

「そういや呉羽陽子とも懇意なんだってなぁ」

 一方で、綾乃と志岐は話の流れなど意に介さず、あれもこれもと注文している。

「鶏の唐揚げとー、軟骨の唐揚げとー」

「そこまでだ。お前らじゃ、大学生みたいなコースになっちまうからな」

 すかさずメニューを取りあげ、透は軌道を修正した。

「出し巻き卵と、カツオのタタキ。そうだな……焼き鶏の盛り合わせも行っとくか」

「あいよー。唐揚げは?」

「鶏だけで。味付けは塩で頼むよ」

 これも毎度のこと。酒の席でのタクトは一から十まで人任せだし、志岐だとどこにでもある揚げ物ばかりになる。となれば、透が率先してメニューを開くほかない。

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