第256話
「刹那さんが来てくれるなんて、嬉しいですっ! えへへ」
「ちょうど時間も空いてたものだから」
結依ったら怜美子さんの時と、まるで態度が違ってる。
女王様がこっち見てるけど、知~らないっと。
それはさておき、今の今までペースを乱さなかった那奈が、あわあわと声を震わせた。
「あっ、あああ……有栖川さんが、本物が、ナナの目の前に……?」
湯気が出そうなくらい赤面して、動揺してるのよ。
輝喜と小恋は肩を竦める。
「しっかりしなってば、もう」
「こいつはこいつで有栖川刹那の大ファンなんだ」
な~る、それで感激のあまりトリップしちゃったわけか。ひとを食ったようなキャラクターだけど、純真な部分もあるじゃないの。
あとからマネージャーの綾乃さんもやってきて、堂々とカメラの前へ。
「あなたたちねえ……こっちは車を停めてたってのに、んもう」
「それがマネージャーの仕事じゃん」
今度こそアタシと結依はメイドとしてお出迎えできた。
「お帰りなさいませ! お嬢様」
「お嬢様……あれ? 奥方様だっけ?」
と思いきや、アタシはきょとんとする(綾乃さんってもうお嬢様って歳じゃないし)。
「じきに結婚するはずだから、奥方様かなあ?」
そう結依が呟くと、綾乃さん(二十五歳)はだらしのない笑みを浮かべた。
「んっもーう、NOAHの天然ちゃんったら! 私と志岐くんは熱愛が発覚したってだけでぇ、まだ結婚って段階じゃ~」
「聡子さん! 助けてー」
この館林綾乃さんはパティシェルのマネージャーにして、昔は聡子さんと一緒にVCプロで働いてたそうなの。ちなみに彼氏はRED・EYEの周防志岐。
聡子さんが渋々とカメラの前に出てくる。
そして恒例のマネージャー対決へ。
「撮影中なんですから、マネージャーなら自重してくださいっ。はあ……あなたがそんな調子だから、志岐くんが週刊誌に載っちゃったんですよ?」
「RED・EYEは昔ほど女性受けを狙ってないし、健全な交際だからいいのよ。そういうあなたこそ、いい加減、タク――」
「メイドはお仕事をしてくださいまし~!」
あ……あっぶなあ!
際どいところで、莉磨さんの大声が割って入ってくれた。もう少しでRED・EYEの霧崎タクトも熱愛発覚って、週刊誌に載るとこだったわ……。
奏や杏は玲美子さんから逃げるように、そそくさと持ち場へ引っ込む。
「それじゃあ、刹那さんもパティシェルと相席で?」
「ええ、喜んで」
結依と咲哉はふたりで、パティシェルの三人と刹那を中央のテーブルへご案内。
「あなたも来たのね、刹那ちゃん」
「怜美子さんは旭さんとご一緒なんですね。……蓮華さんは?」
「蓮華は何より役のイメージを大事にしてるから」
刹那は怜美子さんたちに頭を下げながら、静かに席についた。
一方で、綾乃さんはカメラの枠から外れようとしない。それを聡子さんが注意するも。
「そこに立ってたら、カメラさんの邪魔ですよ」
「賑やかしも必要でしょう? 私も客になるから、聡子も来なさい」
「……は?」
監督はジェスチャーで『オーケー』を出す。動画サイトの配信企画だからって、ちょっとリラックスしすぎてない?
まあいっか。一応メイクさんのフォローを挟んでから(聡子さんはお化粧が薄い)、アタシはマネージャーのおふたりを6番テーブルへお連れした。
「ついでに、次の合同企画のアイデア出しするわよ」
「収録中に?」
「これもファンサービスよ」
う~ん……確かに綾乃さんって、型破りなところがあるわね。あと豪胆。
お客さんの人数が増えたことで、一気に忙しくなる。アタシだって結依やほかのメイドに負けてらんないわ。
「ご注文をお伺いしまーす」
「う~ん……。お菓子は自分で作れるし、実家も洋菓子店だから、ねー」
「ココの家も和菓子屋だから、他所で食べるのはちょっとな」
パティシェルが気になる会話してるけど、あとあと。
「どうせならパフェとか、盛りつけが大変なやつ頼んでくんない?」
「んじゃあ、ココは黒ウサギのチョコレートパフェで。キキとナナも早く決めろよ」
「ナ、ナナより刹那さんが先に……」
「お夕飯の頃合いだし、わたしもオムライスをお願いね」
アタシと結依でお冷を運んでは、オーダーを集めていく。
厨房のほうでは、メイドの奏がコーヒー以外のドリンクに首を傾げつつも、着々と役目を果たしてた。同じくメイドの咲哉は、持ち前のセンスでパフェを盛りつけ。
「落とさないように気をつけてね、リカちゃん」
「余裕、余裕っ」
お客さんは顔馴染みばっかだから、気を遣うこともないわねー。
「ところで結依、杏は何やってんの?」
「麗河さんの補助……だよね」
あの生真面目な杏に限って、サボってるわけないか。
やがて、見るからに形の不細工なオムライスが厨房から出てきた。ばつが悪そうにそれを押しつけてくるのは、メイドの杏。
「……な、なによ? リカ。言いたいことがあるなら、はっきり言いなさい」
「言うまでもないってば」
でもアタシだってお料理は下手だから、弄るに弄れなかった。
NOAHのメンバーは結依も、アタシも、杏も、奏も、咲哉も、お料理のほうは壊滅的なの。ただ咲哉はお裁縫が得意だから、女子力において一歩リードしてた。
オムライスやらパフェやらを見てると、お腹が空いてくる。アタシはまだしも、食いしん坊の結依は注意が散漫になってるかも。
「うぅ……こっちはお仕事の前におにぎり一個、食べただけなのに……」
「終わったら、ここで食べてくんでしょ? 我慢、我慢」
つい杏みたいなこと言っちゃった。
女王様がまたも我侭を始める。
「結依ちゃーん! わたしにもオムライス~!」
「ケ、ケーキのあとで食べるんですかあ?」
「あとぉ、ケチャップはカナちゃんに描いて欲しいんだけどー」
焼き肉大会でもたくさん食べてた玲美子さんだもの。ちょくちょく肉まん齧ったりしてるし、どんな胃袋してんだか。
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