第257話

 相席の旭さんが玲美子さんをやんわりと窘める。

「カメラの前だよ? 玲美子くん。もっとイメージを大事にしないと」

「んもう、心配のしすぎ。スタッフさんもわかってくれてるってば、ねえ?」

 何気ない一言が玲美子さんの人となりを如実に表してた。

 スタッフさん、ね。自然と口をついて『さん』と付けられるかどうかで、タレントのスタッフへの距離感がわかるものなのよ。

 あー、『スタッフ』と呼び捨てにするタレントは傲、ご……傲岸不遜って話でもないの。スタッフをないがしろにするのと同じくらい、遠慮しすぎてもマズイでしょ?

 玲美子さんみたいな我の強いタイプが、スタッフに『さん』を付けるのは、普段から感謝してるってこと。当然、スタッフからも好かれやすいタイプね。

 手隙の間は、結依とふたりでホールの隅に待機しとく。

「リカちゃん、さっきから玲美子さん見て、どうしたの?」

「ん~。玲美子さんは今年のアイフェス、どう戦うのかなって……」

 アイドル業界では近年、グループ活動が主流だった。中には十人近い数のアイドルユニットもいて、えぇと、あれ……群雄割拠の様相を呈してる。

 アタシだって『群雄割拠』くらい知ってるってば。

 ところが観音玲美子はデビュー以来、ずっとソロ活動なのよ。アイドルというより歌手としての面が大きかったせい、かな?

 だからって、今年もたったひとりでSPIRALやパティシェル、NOAHを相手にするなんて――いくら玲美子さんでも厳しいと思うワケ。

 にもかかわらず、結依はきっぱり言いきった。

「私たちが心配するまでもないよ。だって玲美子さんだもん」

 なんだかんだで観音玲美子のこと信じてるのよね、うちのセンターは。

「玲美子さんも夏はあちこちでコンサートだし、隠し玉のひとつやふたつ、持ってると思うんだ。油断は禁物」

「かもね。案外、SPIRALより手強かったりして」

 結依とダベる間にも、厨房から綺麗なパフェと、ひっくり返ったピザが出てくる。

「咲哉ちゃんがお料理できるみたいに見えるね」

「うふふっ、結依ちゃんったら。杏ちゃんに聞こえちゃうわよ?」

「そう思うんなら、もっとボリュームを下げなさい。咲哉」

 これくらい簡単そーなのに……杏ってば、そんなに不器用なワケ?

「アタシがお手本を見せてあげるわ。杏、交替~」

「だったら、やってみなさいよ」

 売り文句に買い文句、アタシは杏に替わって、厨房のフォローにまわることに。

 ちょうどメイド長が綾乃さんの分のオムライスを作ってた。

「莉磨さ~ん。杏と同じお仕事、アタシにもやらせて?」

「じゃあ卵を焼いて、巻いてください」

 寮でも週一でお料理してるんだし、できるでしょ。

 ……そのつもりが、アタシのオムライスは悲惨な出来栄えに。卵の包みは穴だらけ、ライスはバラバラに食み出してしまった。

 それを脇から奏が覗き込む。

「杏のと大差ないじゃないの。これが見本?」

「し、失敗した場合の見本……」

 ぐうの音も出なかった。

 結依も咲哉とバトンタッチして、厨房へ。おまじないには奏も駆り出される。

「美味しくなーれぇ、ハートでキュン! うふふっ」

「おっ、美味しくなーれ……って、いつまでやんのよ? これ!」

 輝喜や小恋はご主人様然とふんぞり返ってた。

「く、九櫛咲哉っ? キキのパフェ、おまじないがまだなんだけど……」

「そっちはメイドで、こっちはご主人様なんだからな」

 けど、小恋には那奈の余計なお世話が入る。

「ココは玄武リカさんにお願いしなくていーの?」

「なあっ? だ、誰が!」

 パティシェルも賑やかねー。

 お仕事が忙しい分、撮影のほうも順調に進む。観音玲美子や藤堂旭の登場に面食らってたスタッフのみんなも、すっかり落ち着いてた。

「これだけ撮っとけば、面白い感じにできそうだよ。ハハハ」 

 そこへ、ふたり連れのお客さんが新たに入ってくる。

 超絶の美形には一同が唖然……。

「よう! 聡子ちゃん、綾乃ちゃん」

「ふむ……ここか」

 現れたのはなんと、RED・EYEの霧崎タクトと城之内透だったのよ。周防志岐は見当たらないものの、大したインパクトだわ。

 聡子さんが少し腰を浮かせた。

「タクトくん? 透くんも、どうしたんですか?」

 RED・EYEには声を掛けてなかったわけね、聡子さん。そこんとこは透さんのほうも弁えてて、スタッフに確認を取る。

「女の子アイドルの企画にオレたちが絡んじゃ、まずいもんな。すぐ出ますんで」

「大体の収録は済んでますから、こっちは構いませんよ。どうぞ」

「そお? んじゃ、お言葉に甘えるとすっか」

 NOAHやSPIRAL、パティシェルがイケメンアイドルと企画で共演――なんてことになったら、物議を醸すってレベルじゃないでしょ?

 特に男性ファンは、自分の応援してる美少女アイドルが余所の男子(美形)と近づくのを、とことん毛嫌いする傾向にあった。

 こっちもRED・EYEの女性ファンに睨まれたくないしね。

 だから聡子さんはRED・EYEを誘わなかったし、タクトさんたちも収録が一段落する頃合いを見計らって、お店を訪れたワケ。

 ……なんだけど、パティシェルの春日部輝喜は目の保養に酔いしれた。

「やっぱカッコよすぎだってば、霧崎タクト! はあ~っ」

 その手を杏が取り、変な共感を押しつける。

「わかるわよ。その気持ち」

「……はあ?」

 霧崎タクトは聡子さんに売約済みのジャガイモってこと、忘れてんのかしら。

 綾乃さんはもうひとりの美男子を探す。

「透ぅ、志岐くんは?」

「あいつは仕事。空いてたら、連れてきてるって」

 RED・EYEのメンバーを呼び捨てにしちゃうなんて、ほんとに周防志岐の恋人なんだ? スタッフのみんなも驚いてた。

「アタシがやるわ。杏は調理補助に戻って」

「ええ。……それよりあなた、見本はどうしたのよ」

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