第255話

 王子様(旭さん)と女王様(怜美子さん)から次のご指名が掛かる。

「朱鷺宮くんも出ておいでよ」

「カナちゃ~ん! おまじな~い!」

「えっ?」

 メイドの奏はたじろぐも、ご主人様の命令は絶対よ。咲哉が奏の背中を押す(ようにして背後へまわり込む)。

「ほらほら、奏ちゃん。あっちで杏ちゃんも待ってるわ」

「あれは待ってるんじゃなくて、道連れにしてやるって目で……お、押さないでったら」

 怜美子さんは結依を解放する一方で、杏と奏をふたりとも侍らせた。

「杏ちゃんったら、ひとりじゃ恥ずかしいって言うから。奏ちゃんも一緒にしてあげてもらえるかしら? 美味しくなるおまじない」

 杏も奏もぎょっとする。

「あの、怜美子さん? わたしは結依とでも……」

「あ、あたしがですかっ?」

 怜美子さんってば意地悪なんだから。

 アタシや結依、咲哉だと、『美味しくなるおまじない』に抵抗もないでしょ。でも、それじゃあ面白くない。やっぱ、とことん恥ずかしがってくれるほうがねー。

 それを清純派アイドルの笑みで押し通すのが、怜美子さん。

 旭さんも止めたりせず、楽しんじゃってるわ。

「僕はオムライスにしようかな。ケチャップでメッセージを書いてくれるんだってさ」

「あら、そんなのもあったの? もうケーキ頼んじゃったのに」

 咲哉も聡子さんからハンディカメラを借り、しめしめと近づいていった。

「杏ちゃん、奏ちゃん! 頑張って」

「さ、咲哉? 撮るの?」

「当然じゃないですかあ、杏さん。可愛いの期待してますっ」

 アタシや結依は笑いを堪えつつ、ふたりのシャイなメイドを見守る。

 ようやく逃げられないと悟ったみたいね。杏と奏は躊躇いがちに頷きあうと、それぞれ親指と人差し指で、ぎこちないなりにハートを作った。

 そして顔を真っ赤にしながら。

「い……行くわよ? 奏。せーの」

「おぉ、美味しくなーれ、美味しくなーれ……」

「「ハートでキュン!」」

 かといって勢い任せにもできず、羞恥心たっぷりにハートを重ねるの。

 アタシは結依や咲哉と一緒に、いつもの賛辞をはもらせた。

「か~わ~い~い~!」

 杏は照れ隠しに怒り出し、奏は復讐を誓う。

「かかっ、からかわないでったら、リカ! 咲哉もっ!」

「お、憶えてなさいよ? あんたたち……」

 あー面白かったわ。

「オムライスは誰が作るんだい?」

「メイド長の麗河さんってひとが調理中でーす」

 オムライスを待ってると、またまた新しいお客さんがメイド喫茶にやってきた。

 アタシと結依は早足でお迎えにあがる。

「来てくれたんだね、輝喜ちゃん! お帰りなさ――」

「お帰りなさいませ、じゃないわよ!」

 ところがパティシェルのお嬢様がたはご機嫌斜め。

 センターの春日部輝喜はお店に入るなり地団駄を踏んだ。

「メイド喫茶の企画は、いつかキキたちでやるつもりだったのにぃ~!」

 尾白小恋もむすっと頬を膨らませる。

「お前が紹介したんだろ、ナナ?」

「こないだのゲームの勝ち分で、コスプレしてもらったんだよー」

 お店にいた百武那奈も合流して、これで勢揃いね。

 お迎え中の結依が瞳をぱちくりさせた。

「あれ? 輝喜ちゃんたち、コスプレ好きなのに、メイドさんやってないの?」

「うぐぐ……それは」

 口ごもる輝喜に代わって、小恋が悲壮感いっぱいにぶっちゃける。

「サイズの合うメイド服がなかったんだっ! 言わせるなあ!」

 アタシも結依も顔を見合わせて、口を噤むほかなかった。

(謝ったほうがいいのかな? リカちゃん)

(やめときなって。ひとにはプライドってものがあるんだから)

 結依に限らず、言葉がなくても、NOAHのメンバーとは視線だけで意思疎通できるようになってきたわ。

 一方で、咲哉は恐れずにパティシェルをフォロー。

「悔しがることないわよ、輝喜ちゃんも小恋ちゃんも。パティシェルならではのロリータファッションを今、研究してて……きっと気に入ってもらえると思うから」

 ロリータ系アイドルたちはあどけない瞳を爛々と輝かせた。

「九櫛咲哉ぁ~!」

 輝喜って確か、咲哉の大ファンなんだっけ。

 なのに、ミュージックプラネットで結依が熱を出しちゃって、挨拶どころじゃなかったのよね。そのうえ世間の関心を咲哉の復帰にかっさらわれて、ご不満だったワケ。

 咲哉に便乗して、アタシも小恋を励ましてあげる。那奈によれば、この子はアタシ、玄武リカのファンらしいの。

「夏休みになったら、また一緒になんかやらない? ゲーム対決も受けがよかったしー」

 小恋は腕組みを深めると、小さな身体でふんぞり返った。

「ふ、ふんっ。その手には乗らないぞ? まあ……考えてやってもいいけど……」

 手応えあり。ツンデレってわかりやすいのよね。

「お席にはわたしが案内するわ。いい? 結依ちゃん」

「もう持ち場もぐちゃぐちゃだね」

 パティシェルのみなさんは3番テーブルへご案内~。

 と思いきや、さらに別のお客さんがドアを開け、ホールを見渡した。

「豪勢な顔ぶれね。出遅れちゃったかしら」

 まさかまさかの有栖川刹那までっ?

 結依が笑みと声を弾ませる。

「刹那さん! 遊びにきてくれ……おっと。お帰りなさいませ、お嬢様」

「ふふっ、ただいま。似合ってるわよ、メイド服」

 カメラさんの傍で、聡子さんの眼鏡が光ったような……。

 昨日の今日で始まった企画なのに、ゲストが観音怜美子に藤堂旭、パティシェル、おまけにSPIRALの有栖川刹那だなんて。

 これってもう、配信の域を軽く超えてるんじゃない?

 有栖川刹那がメイドスタイルのアタシをしげしげと眺める。

「玄武リカさんとこうして会うのは初めてよね。わたしのことは『刹那』でいいから」

「そお? じゃ、アタシも『リカ』って呼んで」

 春先に結依が絡まれた件もあって、あんまりいい印象なかったんだけど。こうやって挨拶する分には、品行方正なアイドルって感じ。

「そういや、杏と刹那はクラスメートなんだってねー」

「杏は……あぁ、観音さんに捕まってるの」

 うちのセンターはSPIRALのセンターに尊敬のまなざしを向けた。

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