第254話

 扉が開いた拍子に、呼び鈴がカランと鳴る。

 一拍の呼吸を挟んでから、アタシは結依とともにご主人様(お嬢様)をお迎え。

「お帰りなさいませ、ごひゅ……お嬢様」

 不意に結依が噛んだのは、お客さんが女性だったから、じゃないわよ。本日の来店第一号は帽子と眼鏡を外し、サディスティックな笑みを浮かべる。

「ご主人様のお帰りよぉ? 結依ちゃ~ん」

「れれっ、れ、怜美子さんっ?」

 思いもよらないところで天敵と遭遇しちゃって、結依はおたおたと狼狽した。

 アタシは観音怜美子が来るものと踏んでたわよ? 聡子さんと怜美子さんは繋がってるんだし、こんな面白い企画、むざむざと見逃す手はないでしょ。

「冷やかしついでにねー。で? 案内してくれないの?」

「はっ、はい! こちらへどうぞ」

 案内するのはアタシでもよかったんだけど、結依が先んじて動き出す。怜美子さんには条件反射が働くようになってんのねー、ほんと。

 厨房担当の奏や咲哉もホールを覗いてる。

「観音さんが来たって?」

「結依ちゃんがお相手してるわ」

 アタシは怜美子さんの目配せに応じ、あえて結依をフォローせずにいた。

「え? メイドさんが付きっきりで、お喋りしてくれるんでしょ?」

「そーいうサービスはございませんので」

「でもメニューに書いてあるわよ? ほら、ジャンケンで勝ったら、メイドさんにあ~んで食べさせてもらえるって」

 怜美子さんは紅茶とショートケーキを注文する。

 ビールと焼き肉が大好きな怜美子さんに、ショートケーキって合わないような……そっか、カメラの前だから猫被ってんのね。

「もちろん私の指名は結依ちゃんよ。さあって……」

「わ、わかりました。ちょっと待ってください」

 逃げ場のない結依は、両手を組むように合わせると、それを裏から覗き込んだ。

「何それ? 結依」

「知らない? こーやるとね、相手の出す手が読めるの」

 そ、そんな迷信、信じてるんだ?

 果たして勝負の行方は。

「あ~~~っ!」

 怜美子さんのグーが結依のチョキを制し、大勝利。結依はがっくりとくずおれ、シンデレラみたいに我が身の不幸を噛み締める。

「うぅ……意地悪な継母だあ」

 そんな新米メイドの嘆きをよそに、怜美子さんは女王様の貫禄を見せつけるの。

「ねえ、リカちゃん。奥のほうに杏ちゃんや奏ちゃんもいるんでしょ?」

「逃げたりしないように、咲哉が監視してくれてまぁーす」

「より取り見取りねぇ。おまじないは誰にしてもらっちゃおうかしら……んっふっふ」

 アタシは結依の肩に手を添え、ちょっとだけ励ましてあげた。

「怜美子さんは清純派のアイドルだもん。無茶させたりしないってば」

「だと、いいけどぉ……」

 次の被害者は杏か、奏かしらねー。

 怜美子さんの何がすごいって、結依をイビってても、カメラには『包容力のあるお姉さん』で映っちゃうところ。穏やかな表情や話しぶりでイメージを操作してるワケ。

 アタシにはちょっと真似できないかな。

 続いて、ふたりめのご主人様(お客さん)がお帰りになった。

「こんばんは。NOAHの小鹿ちゃんたち」

「藤堂さんっ?」

 そこいらの男性より男前の麗人、藤堂旭さんはバラの花束を抱えてのご登場。結依の前で恭しく跪き、その手に挨拶代わりのキスを捧げる。

「侍女に身をやつした御前くんも魅力的だね」

 吐息までバラの香りがしそうだわ。

 さしもの結依も顔を赤らめ、おずおずと花束を受け取る。

「あ、ありがとうござ……じゃなくて! ここでは藤堂さんがご主人様なんですよ?」

「おや? 僕としたことが」

 それじゃあ、次はアタシがメイドらしく挨拶を――。

 ところが、そんなアタシを押しのけ、調理補助の杏が出張ってきたの。

「いらっしゃいませ、藤堂さん! ラジオではお世話になりました」

 負けじとアタシも前に出て、杏と凌ぎを削る。

「ちょっと、杏? そこは『お帰りなさいませ』だってば」

「い、いいのよ。藤堂さんまでメイドさんごっこに付き合わせなくっても」

 とーぜん杏の目論見はお見通しよ。旭さんのお相手をしていれば、怜美子さんの無理難題をやり過ごせるって算段でしょーね。

「こらこら、喧嘩しないで。御前くんが困ってるよ」

「あはは……いつものことですから」

 NOAHのリーダーは苦笑い。

 アタシも杏もNOAHの結成当初はよく衝突して、結依に迷惑かけちゃったっけ。杏が年上の割に大人げないのがいけないのよ、うん。

 アタシは大人だから我慢してあげる。

「結依、藤堂さんはわたしが案内するわ。任せてちょうだい」

「いいですけど……」

 メイドの杏は清廉なご主人様を獲得するも、そこで女王様からお呼びが掛かった。

「旭~! こっち座ったら?」

「早いね、怜美子くん。僕が一番乗りと思ったんだが」

「え? あの、お席でしたらほかにも……」

 こうして杏も女王様のテリトリーへ。勝負を急いだのが仇になったわね。

 カウンターから奏の声が飛んでくる。

「リカーっ! バイト体験って言い出したのは、あんたでしょ。ちゃんと仕事して」

「ごめん、ごめん。それを怜美子さんに持ってけばいいのね」

 アイスティーと、ショートケーキも準備できてた。

 奏と咲哉は少し退屈してるっぽい。

「せっかくだし、次はパフェを注文して欲しいわ。盛りつけをしてみたいの」

「こっちはソーダフロートとか。アイスティーなんて氷入れるだけよ?」

「オッケー。結依にも伝えとくわ」

 運ぶついでに、アタシは咲哉に問いかけた。

「そーいや、咲哉は旭さんのラジオにゲスト、まだでしょ?」

「その話は一旦流れたのよ。今はNOAHもラジオを持ってるから」

 なるほどねー。

 アタシたちは四月に旭さんのラジオにゲスト出演して、それまでの経緯をファンにお話したの。だから、新メンバーの咲哉も出るのかなって……。

 ただ、咲哉の事情はすこぶるデリケートなのよね。活動を二年も休止してた理由。

 仮に旭さんのラジオで曝露したら、旭さんに迷惑を掛ける恐れがあった。

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