第247話
「こんな雨じゃあ、自転車は止めて正解だね」
昨晩からも雨はひっきりなしに降ってた。傘を差して信号待ちしてるひとも、梅雨はうんざりって顔してる。
「今日の体育も自習かなあ……」
「全部、体育館を使えばよくない?」
アタシもそろそろお日様を拝みたくなってきた。
この雨のせいで、先日のエンタメランド行きは中止。奏は心に傷を負ってる。
「ドラマの撮影も野外のはよく中止になるのよ、この時期。だから、あえて六月は屋内の撮影でスケジュールを組む場合もあってさあ」
キャリアだけは長いアタシの蘊蓄に、結依が感心するのはいつものこと。
「へえ~。よく考えられてるんだね」
「それだって、先人の失敗を教訓にしてるんだよ。ハハハ」
運転しながら矢内さんが相槌を打つ。
過去の反省を活かして、かあ。
確かに子役時代と今とで、芸能界が少し変わってきてる印象はあった。最たる理由は動画サイトの台頭と、地上波のテレビの衰退ね。
前に杏が結依に話してた通り、スポンサーとの距離感も大分違ってきてる。番組と無関係のCMを流しても、大した効果が見込めなくて、その意義自体も問われてるの。
けど昔ながらのやり方を変革するには、どこも図体が大きすぎるでしょ。
マーベラス芸能プロダクション(マーベラスプロ)はそういうしがらみから解放されたくって、バーチャルコンテンツプロダクション(VCプロ)と建設的な関係を築いた――と、アタシは見てる。
アタシたちのNOAHが所属するのは、そのVCプロよ。
井上さんはマーベラスプロから独立し、新たにVCプロを立ちあげた。メジャーのマーベラスプロとインディーズのVCプロで、持ちつ持たれつやってるワケ。
ほんと、すごいひとだと思うわよ? 井上さんは。
その独立を認めたマーベラスプロの月島社長(聡子さんの叔父)も、いい判断してる。こんなふうに上のフットワークが軽いと、芸能事務所は安泰だわ。
「なんなら帰りも送ろうか? 咲哉ちゃん」
「いいんですか? あ……でも、なるべく目立たないようにしたいんです」
「オーケー。そのへんは慣れてるから、任せてよ」
矢内さんや聡子さんもお仕事には満足してるみたい。
アタシは後ろから運転席へしがみつく。
「ところで矢内さん、まだ結婚しないの? 待たせてるんでしょ?」
「それが、式場の予約が順番待ちでね……。日程が決まったら、また話すよ」
アタシの言いたいことは咲哉が、やんわりと代弁してくれた。
「矢内さんが決まらないと、聡子さんがその気になってくれないんです」
「あー、お相手はあの霧崎タクトだってねえ」
VCプロの社員も結婚が順番待ち。
ここから聡子さんの愛の軌跡とやらを聞き出したかったんだけど、早くも車はS女学園へ到着してしまった。先に結依に出てもらい、アタシはその傘へ潜り込む。
「結依、入れて~」
「リカちゃんったら。じゃあね、咲哉ちゃん、矢内さんも」
「帰りは咲哉ちゃんを拾ってから、また寄るよ」
矢内さんは車を器用に反転させ、雨の中を走ってった。
アタシと結依は相合傘を経て、二年一組の教室へ。早く来すぎちゃったのか、クラスメートはまだ委員長くらいしかいないわね。
「おっはよー、委員長」
「おはよう。玄武さん、御前さん」
もちろんアタシの席は結依の隣よ。でもって、後ろは夏樹と小春。
次第にクラスメートの頭数も増え、教室が賑やかになってきた。予鈴とともに駆け込んできた夏樹が、びしょ濡れの傘を傘立てに突っ込む。
「ふう~っ。いつまで降りやがんだろーなあ、この雨はよォ」
「おはようございます、夏樹さん」
小春は今日も相変わらずのマイペースだった。
アタシはその日の気分で、色んなグループに混じってる。結依と同じ学校に通うつもりで転入したけど、日がな一日結依と一緒ってわけじゃないのよ?
委員長が教室へ戻ってくるなり、声をあげる。
「みんなー! 二時限目の体育は教室で自習だってー」
「やっぱり? この雨じゃねえ」
「だから、その時間を使って、修学旅行の話を進めようと思うんだけど」
連日の雨でジメジメしてた雰囲気が、その一言で霧散した。
アタシと結依は瞳を輝かせる。
「修学旅行っ!」
「夏休みが終わってからじゃ、慌ただしいから」
上の人間がしっかりしてると――うんうん、芸能事務所と同じよね。二年一組は委員長に恵まれてる。
「二組はもう決めたらしーよ? 班分け」
……あれ? お隣もか。
やがて担任の早坂先生がやってきて、ホームルーム兼一時限目の数学が始まった。
「うっとうしい雨よねー。……で、次の時間は旅行の班分けを決めるって?」
「先生はどの班に入るんですかあ?」
「ハア……。こっちは引率で、旅行どころじゃないってのに」
そっか、先生も一緒に行くんだっけ。
小学六年の時はドラマ撮影とスケジュールが被って、修学旅行に参加してない。中三の時にはお仕事も少なくなって、暇を持て余してたけど、学校とは疎遠だったから。
高校だと、三年じゃなく二年の時なのね。
そんなわけで、今年が人生で初めての修学旅行だった。漠然と『みんなで旅行』くらいのイメージしかなくて、実はまだよくわかってなかったりする。
「それじゃあ、アイドルのコンビが起きてるうちに……御前さん、問1をやってー」
「ええっ? リカちゃんもいるのに?」
一時間ほどして早坂先生の数学は終わり、次は自習となった。ついでに先生も残って、ホームルームを見守ることに。
「どの班もブレーキが利く面子にしておいてねー。テンションが上がりすぎて、制服のまま河へダイブ! なんて馬鹿な子もいたから」
「それって先生の在学中ですかあ?」
委員長が前に出て、団体行動の予定を確認していく。
「部屋割りの都合もあるので、班は五、六人で作ってください」
アタシは真っ先に結依を数に入れた。
「結依とー、アタシと……夏樹と小春も一緒でいいの?」
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