第248話

 小春だけは律儀に自習してる。

「何も班行動に拘ることはありませんよ。要は点呼の時にさえ揃ってればいいんです」

 その一方で夏樹はゲーム雑誌を広げてた。なんかアタシと杏のペアに重なるなあ。

「男子はいねえんだから、部屋の面子が替わってても、目くじら立てられることはねえだろ。なあ、小春?」

「物理的に子作りの練習はできませんしね」

「ふたりとも歯に衣着せないで、そんなこと……」

 さすがの結依も口角を引き攣らせた。

 班分けについて、クラスメートは和気藹々と盛りあがる。

「リカちゃんはみさきちと一緒なんでしょ? うちの班に来ない?」

「ちょっとぉ、抜け駆けは禁止って話じゃないの。みさきちは別にいらないけど」

「あの~? 私のハートにも配慮して欲しいな、なぁんて……」

 結依を動揺させながらも、自習時間のうちに班ごとのメンバーは決まった。

 人数の調整で結局、夏樹と小春は余所の班へ。アタシと結依は一番賑やかになりそうなグループに混ざる。

「自由時間の内訳は班員で相談しておいてくださいねー」

「委員長! バナナはおやつに……」 

「持ってきてみなさいよ」

 定番のネタが聞けて、思わず笑っちゃった。

「あははっ! ほんとに言うんだ? おやつにバナナ」

「普通は遠足の時に言うんですけどね。あと、おやつは三百円までとか」

「夏はバイトしとかねーとなあ」

 急に結依が不自然なくらい真面目な表情になる。

「リカちゃん。私、夏樹ちゃんとは親友なの。心の友的な」

 夏樹も小春も訝しげな視線を返した。

「重いっての……」

「ガチユリに言われると、まったく別の意味に聞こえますが……そのココロは?」

 結依の一声に気迫が漲る。

「夏樹ちゃんのバイト先は焼き肉屋なんだよ!」

「ご馳走はしてやれねえっつってんだろ」

 そーいや結依が言ってたっけ。焼き肉は魔法の言葉、みんなが仲良くなれるって。

 だったら玲美子さんとも仲良くすればいいのに、ねえ? そんな焼き肉系女子は放っておき、アタシは後ろの小春に問いかけた。

「小春もなんかやってんの? バイト」

「短期で少し。夏樹さんほどには稼いでいませんよ」

「稼ぎたいんなら、小春にも紹介してやんぜ?」

 バイトかあ……ぴんと来ないかも。結依は自慢げに照れ笑いを浮かべる。

「私たちの場合はアイドル活動がお仕事だもんね。えへへ」

「へ? ……あぁ、確かに」

 そんなふうに意識したことなかったわ。

 高校生なら学校にバイトは当たり前、でしょ? この間のドラマでは年相応に女子高生の役だったりもして、アタシ、最近はそーいう『女の子の日常』が気になってるのよ。

 そりゃ芸能界のお仕事なら、山ほど経験したわ。小学生でデビューして、天才子役だなんてふうに持てはやされて……得意のドラマのみならず、CMの撮影なんかもね。

 お給料はお母さんが管理してて、アタシが好きに使える上限は月ごとに決められてる。寮生活にあたって、そのへんは色々と緩和してくれたけど。

 でも、あまり『お金を稼いでる』って自覚はなかった。奏には悪いけどさ、趣味でお金をもらうって、アタシにとっては普通のことなの。

「アタシもなんかバイトやってみたいなー」

 何気なしにぼやくと、夏樹が呆れた。

「私よりよっぽど稼いでんじゃねーか。女優なんて、そういねえぞ?」

 対して、理知的な小春はアタシの意図を汲んでくれる。

「経験としての話でしょう。子どもの頃からやってる芸能界のお仕事と、高校生のアルバイトでは、勝手も違ってくるはずですし」

「それよ、それ」

 聡子さんだって、今のお仕事はバイトがきっかけだったっていうじゃない?

 お小遣いは充分あるし、足りなくっても、お母さんにゴロニャンすれば済むけどね。お給料は別にして、バイトってやつに興味があるの。

「結依は経験あるの? バイト」

「ん~、中学の時にバスケ部の友達と、お手伝いくらいのなら」

 結依もバイト経験はほぼゼロってワケね。

「NOAHのお仕事もあるし、さすがにバイトは無理だよ。リカちゃん」

 当然、NOAHにそんな暇はなかった。二月のデビューコンサート以来、アタシたちはレッスンやら、ラジオやらの激務に追われまくってる。

 バイトしたいなんて言っても、聡子さんが許すわけないわ。

 でも方法はあるのよ、これが。

「だから結依、アイドル活動の企画として、メンバーでバイトやってみようって話」

 リーダーは一転して納得。

「あー、なるほど。ヒーローショーの進行みたいな?」

「そーゆーこと! NOAHチャンネルもどんどん冒険しなくっちゃ」

 ついでにアタシはケータイを取り出し、ほかのメンバーにも企画を提案してみた。一分もしないうちに咲哉からコメントが返ってくる。

『面白そうね。わたしは賛成よ』

『真っ先にリカが脱落しそうな気もするけど?』

 奏の反応も概ね予想通り。こいつはアタシを何だと思ってんだか。

 やがて自習も終わり、休み時間になった。杏からの返事は今になってやっと。

『授業中に遊んでないで、ちゃんと勉強しなさいったら』

『こっちは自習でぇーす』

『わたしは英語だったのよ。うふふ』

『言っとくけど、これ、聡子さんも見てるからねー』

 あとで聡子さんに怒られたの、アタシだけだった。なんでっ?

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