第246話

 みんなの洗顔や着替えが終わる頃には、コーヒーができてるってワケ。

「さあさあ! 準備してくださーい」

 聡子さんの号令を皮切りに、アタシたちは各々の部屋へ戻った。しかしアタシと結依は直行せず、明松屋杏のプライベートルームを覗き込む。 

「まだ寝てるのかな? 杏さん」

「多分ねー」

 普段は人一倍、規則正しい生活だの言ってるくせに、杏と来たら。

 世間も『明松屋杏は真面目な優等生タイプ』と認識してる。でも実際のところ、それは聡子さんみたいなタイプのことで、杏は違ってた。

「うぅ~ん……」

 アタシと色違いのパジャマがはだけ、ブラも谷間も覗けてる。

 さすが自覚のないお色気担当だわ。無防備な姿に結依は顔を赤らめ、困惑する。

「あ、杏さん? 朝ですよー」

「……え?」

 このあとの展開はもちろん、お約束。

 杏は起きあがって、自分のあられもない恰好を見下ろし――甲高い悲鳴を響かせた。

「きゃあああっ? ゆ、結依? リカまで……ここっ、これはその!」

「はいはい。誘惑はほどほどにして、起きなってば」

 何かとペアで扱われるアタシの気苦労も、少しは理解して欲しいわね。

 咲哉も髪を調え、やがて全員が一階のリビングに集合した。

 朝一には濃厚(もとい強烈)なコーヒーの香りが、アタシたちを覚醒させる。朝ご飯は目玉焼きとトースト、それからポテトサラダ。

 ポテサラは咲哉がマヨネーズを抜いたせいか、パサパサしてた。ファッションモデルだから、過剰なカロリー摂取には厳しいのよ。コーヒーにお砂糖なんてもってのほか。

「コーヒー通の奏ちゃんが淹れると、やっぱり美味しいわね」

「あたしは別に通ってほどじゃないのよ」

 そんな咲哉も登校の際は伊達眼鏡と地味な三つ編みで、もっさりしてた。顔立ちは同じはずでも、印象が違いすぎて、別人にしか見えないわ。

 学校のみんなには『渡辺』の名前で通し、芸能活動は秘密にしてるんだとか。

 ちなみにアタシと結依がS女子学園で、杏と奏は名門のL女学院、咲哉はM女子高等学校に通ってた。M女にはパティシェルのトリオも在学してるそうよ。

「そういえば……結依ちゃんたちの学校は、修学旅行の話って始まってるの?」

「そろそろかなあ。夏休みまでに班分けは決めとくんだって」

 アタシは立ちあがる勢いで前のめりになった。

「それそれっ! S女とM女で日程は被ってんでしょ? 行き先は?」

 咲哉は和やかに苦笑い。

「被ってるのは日取りだけね。L女のほうはどうだったかしら?」

「こっちは一週間ずれてるわよ。あたしは仕事を優先するつもりなんだけど……」

 ドライを気取りたがる奏には、すかさず結依が食いついた。

「L女は海外のエンタメランドに行くんでしょ? 奏ちゃん、行かなくてもいいの?」

「エッ? そ、それは……」

 奏は無類のタメにゃん好きだから、行かない手はないでしょーよ。

 当~然、アタシは修学旅行でも結依と一緒よ。そのために芸能学校からS女に転入したといっても、過言じゃないの。

「わたしも楽しみだわ。中学生の頃は修学旅行どころじゃなかったもの」

「小春ちゃん……っと、クラスの友達に色々調べてもらってるんだよ。定番の観光スポットとか、旅館のこととか」

「頼もしいじゃないの。あたしはまだお嬢様だらけのクラスに馴染めなくって……」

 なんてふうに修学旅行の話題で盛りあがってると、ひとつ年上の先輩が拗ねた。

「ここに三年生だっているのよ? 少しは遠慮してっ」

 案の定、杏が大人気ない癇癪を起こす。

 同じL女の後輩として、奏はやれやれと嘆息した。

「杏先輩は去年、行ったんでしょ? 地球の裏にあるエンタメランド」

「あ、あなたたちだけで盛りあがるのは、ずるいって話よ」

 なりふり構わなくなってきたわね、杏も。

 聡子さんが眼鏡の角に指を添える。

「修学旅行の前に夏ですよ、夏。夏休みは全国ツアーと、あのアイドルフェスティバルが控えてるんですから」

 アタシたちは気を引き締めなおし、頷きあった。

「梅雨が明けたら、いよいよ……だもんね」

 結依の言葉には決意表明のような響きがある。

 奏や杏も真剣な表情で口を揃えた。

「カップリング曲も大体は原曲が出揃ってきたわ。あとは調整と、練習と……」

「ラジオやほかのお仕事もあるし、どんどん忙しくなりそうね」

 さっきまでのダラけたムードは一変して、アタシのモチベも上がってくる。

「アタシと咲哉は歌の練習を重点的にやんないとねー」

「ふふっ、そうね。頑張らなくっちゃ」

 そうこうしてるうちに、登校の時間が迫ってきた。

 はこぶね荘の門前に矢内さんが車を横付けする。

「結依ちゃん、リカちゃん、お待たせ~」

「おはようございまーす!」

 アタシと結依はその後部座席へ。と思いきや、助手席に咲哉も乗り込む。

「L女だと、わたしだけ逆方向ですから。乗せてってもらえませんか」

「もちろんさ。どうぞ」

 咲哉の学校だけ、ちょっと距離があるのよね。

「矢内さんの朝が空いてるんなら、毎朝乗せてもらえば?」

「でも……このために早起きさせるのは、ねえ……」

「遠慮しなくていいんだよ。マネージャーはこれが仕事なんだから」

 NOAHの三人を乗せて、雨の中を車が走り始めた。さすが矢内さん、聡子さんの運転より余裕ある(気がするだけ)。

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