第240話

 那奈ちゃんがにっこりと微笑んだ。

「女の子同士だし、いいよね?」

 この罠を仕掛けたのって、まさか……。

 負けるに負けられない輝喜ちゃんは、赤面しながらも目を瞑る。

「か……勝つためよ? せっかく6が出たんだもん」

「わ、わかったってば。じっとしてろよ?」

 同じように小恋ちゃんも顔を赤らめて――輝喜ちゃんの丸い頬に、ちゅっと口付け。

 まざまざと初々しいキスを見せつけられ、私たちの間には動揺が走った。杏さんは真剣な面持ちでごくりと息を飲む。

「そ、そうよね? わたしたちも6を出さなくっちゃ……」

「ちょっと、杏っ? 最初に6はなしよ、なし!」

 リカちゃんは大慌て、その傍らで奏ちゃんはうんざりって表情だった。

「結依はあたしか咲哉と組んだほうが、よかったんじゃない?」

「え? 奏、あなたまで……」

「次は結依ちゃんたちの番よ? ほら」

 進行アシスタントのオリバー(聡子さん)がサイコロを拾ってきてくれる。

 このだだっ広いスゴロク場で、暑苦しい着ぐるみを着て、サイコロを拾ったり運んだり……さすがに酷で、聡子さんには同情せずにいられなかった。

 結依&杏ペアもいよいよ出発。

「えいっ!」

 杏さんは6の目を上にして、サイコロを投げるも、私たちは一歩しか進めなかった。命令のないノーマルマスで、ちょっぴり肩透かし。

「こんなはずじゃなかったのに……」

「ドンマイですよ、杏さん。ゲームは始まったばかりなんですから」

「そ、そうよね? 次で5を出せば」

 その5を出したのは、リカ&奏ペアだった。

「杏、おっ先~! いち、にー、さん、しー、ごー!」

「結依たちは仲間なんだけどね」

 仲間なんだけど――その念を押すような言いまわしに、はっとする。

 奏ちゃんは今、罰ゲームのことを言ったんだ。最下位は納豆ラーメンを完食……私と杏さんは青ざめ、出遅れつつある状況に肝を冷やす。

(まずいわ……ハートメダルを獲得しないと)

(で、でもリカちゃんや咲哉ちゃんに、罰ゲームを押しつけるなんてこと……)

 今になって、このゲームの恐ろしさに気付いてしまった。

 罰ゲームがある以上、NOAHの仲間同士でも争わなくっちゃいけないんだよ。それはパティシェルも同じ条件だけど、輝喜ちゃんや那奈ちゃんは平然としてる。

「ふふん。さてはこのルールを甘く見てたクチね?」

「仲間を犠牲にするくらい、すぐ慣れるよー」

 NOAHのメンバー間ではすでに不協和音が流れつつあった。

「結依や咲哉には悪いけど、アタシ、罰ゲームはちょっと……ねえ? 奏」

「要は勝てばいいのよ。そういうゲームでしょ」

 割りきるにしても、後ろめたさまでは拭いきれない。

 けど、私の脳裏に閃きが走った。優勝すれば何でも命令できる――だったら、罰ゲームを免除してあげることもできるよね。

「気に病むことありませんよ。勝ちましょう、杏さん!」

「え、ええ! 結依がそう言うなら……」

 ギスギス感なんて跳ねのけ、私はまだ遠いジリーまでの距離を見据える。

 最後のスタートとなる那奈&咲哉ペアもサイコロを振った。

「わたしが投げるわね。それっ!」

「4かあ。やったあ、アイテム発見~」

 このスゴロクには、ゲームを有利に進めるアイテムも色々登場するの。サイコロの目を二倍にしたり、ライバルのマスまでワープしちゃったりね。

 2マス前方の輝喜ちゃんが咲哉ちゃんに釘を刺す。

「九櫛咲哉っ! あんたはパティシェルのチームなんだからね?」

「うふふ、わかってるってば。裏切ったりしないから、信用してちょうだい」

 そう答えながらも、咲哉ちゃんはこっそり私にウインクを差し向けた。

 これは思った以上の混戦になる予感……。

 スタジアムのモニターには、ファンからの声援(ファンパワー)がリアルタイムでイメージ化されてる。10ターンごとに一位のペアがハートメダルを獲得できるの。

 今はどのペアのファンパワーも横並びだよ。

 その後も私たちはサイコロを振り、どんどんルートを踏破していった。輝喜&小恋ペアとリカ&奏ペアは大きい数字を連発して、ジニーへ迫る。

「右から追うわよ、リカ!」

「そっちのほうが近いもんね。命令マスに怖気づいたりなんか……ん?」

 次にリカ&奏ペアが止まったマスには、愛らしいネコ耳がひとつだけ置いてあった。それを着けて『ニャンニャン』言え、だって。

 輝喜ちゃんが地団駄を踏む。

「もうっ! それはキキがやるつもりだったのに~」

 そっか、このスゴロクゲームにはパティシェルの嗜好が反映されてるんだっけ。だから輝喜ちゃんや小恋ちゃんが魅力を活かせる命令が多いの。

 小恋ちゃんは動じず、余裕綽々に構えてる。

「玄武リカはともかく、朱鷺宮奏にネコの真似なんて無理だろ。そっちは一回休みな」

 命令にはサイコロを投げたほう、つまり奏ちゃんが従わなくちゃいけなかった。

 私と杏さんは味方のピンチに固唾を飲む。

「あんな命令、ずるいわ! パティシェルにばかり有利じゃない?」

「心配しないで、杏。あたしだって……」

 それでも奏ちゃんは潔くネコ耳を取り、ちょこんと頭に乗せた。そしてリカちゃんと一緒に猫撫で声で、ゴロニャンと。

「可愛がってくんないと、おしおきニャ! ご主人様ぁ?」

「応援してくれたら、も~っと可愛いとこ、みんニャに見せてあげちゃうぞ?」

 次の瞬間には、リカ&奏ペアのファンパワーが急上昇! 私でさえ、あんな猫なら飼いたい――なんて衝動に駆られちゃったくらいだもん。

 奏ちゃんのファインプレーを目の当たりにして、小恋ちゃんはうろたえる。

「あ、あのいつも澄ましてる朱鷺宮奏が……」

「あんたのどこが『クール』よっ! ご主人様だなんて、あざとい~!」

 輝喜ちゃんはご立腹。だけどアニメ風のコスプレのほうが、あざといような……。

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