第239話

 十分後、オリバー(聡子さん)とジリー(綾乃さん)が装いを新たに戻ってくる。

「こ、これ……ものすごく蒸せるんですけど?」

「おまけに汗臭いったらないわ! なんでマネージャーの私がっ」

 ほんとは私たちも薄々勘付いてた。

 余剰人員がいないんじゃなくて、みんな、単に嫌がったんだってこと。

「ちゃんと休憩も挟むから、水分補給はその時に忘れずにな」

「指示はインカムで出すからね」

 かくして聡子さんと綾乃さんはキモカワ系のマスコットに。

 リカちゃんが意地悪そうにやにさがる。

「結依、あとで顔出してるとこ撮って、両方の彼氏に送ったげよっか」

「またまた……聡子さんが怒るよ?」

 間もなく本番が始まった。数台のカメラが前に出て、私たちに注目する。

 ステージに立つのとはまた異なる、この独特の緊張感――。カメラの向こうでたくさんのファンが見てるの、ふつふつと実感が湧いてきた。

 パティシェルの三人が元気いっぱいに躍り出る。

「ファンのみんな、おっまたせ~! パティシェルのキキちゃん、ただいま参上っ!」

 輝喜ちゃんは目元でピースしながら、ぱちっとウインクを決めた。

 小恋ちゃんは片手をピストルにして、カメラを撃つ。

「ココに会えなくて寂しかったやつは、正直に言うんだぞ」

「ナナもみんなに会えて嬉しいよ。エヘヘ」

 そして那奈ちゃんは投げキッス。

 パティシェルの持ち歌も流れて、あっという間に華やかなムードになっちゃった。まだカメラの枠に入ってない私たちは、パティシェル流のスタートダッシュに感心する。

「なるほど……ああやってキャラを立てるのね。勉強になるわ」

「あれに比べたら、あたしたちはまだまだよ。もっと研究しないと……」

「こらこら。声が入ってんぞー、お前ら」

 小恋ちゃんはやれやれと眉を顰めた。

 今日のゲーム対決は一応、パティシェルの企画って体になってるの。NOAHはゲスト出演の形で、パティシェルの配信チャンネルにお邪魔してるわけ。

 私たちもカメラの前に出て、ファンのみんなにご挨拶を。

「こんにちはー! NOAHの御前結依だよ」

「玄武リカでぇーっす」

 でもパティシェルのアニメ風コスプレとNOAHのカジュアル系コーデで、チグハグ感は否めなかった。キモカワ系のマスコットたちは後方で重そうな頭を垂れる。

 ごめんなさい、聡子さん……ついでに綾乃さんも。

 背中越しに恨みがましい視線を感じつつ、私は輝喜ちゃんと一緒にMCを務めた。

「今日は予告通り、NOAHとゲームで勝負しちゃうゾ!」

「なんと勝ったほうがエンタメランドでイベントやるんだよ。ねっ、輝喜ちゃん」

「そうそう。負けないんだからっ」

 さすがにファンの前では敵愾心も控えめに……と思いきや、小恋ちゃんが啖呵を切る。

「パティシェルとNOAHのどっちが格上か、白黒つけてやるからな!」

 すると那奈ちゃんが間髪入れず、含みたっぷりに水を差すの。

「ココちゃんったら。そんなこと言って、負けたらカッコ悪いよ?」

「言うなあっ! こういうのは気合が大事なんだぞ」

「ナナは冷静に現実を見てるだけだよー」

 パティシェルって輝喜ちゃんと小恋ちゃんが前のめりな分、那奈ちゃんは少し引いて、トークに愉快な弾みをつけていた。ほんとに勉強になるよ。

 こっちだって負けてられない。

「ゲームは定番の等身大スゴロク! まさか自分で遊ぶことになるなんて……えへへ」

「結依は好きそうよねー、こーいうの」

 私のトークに乗じて、リカちゃんが相槌を打つ。

 奏ちゃんや杏さんもだんだん調子が出てきた。

「勝敗は運次第ってことね。まあお菓子作りとかじゃ勝負にならないでしょうし」

「二人一組になって、交替で……しょっと。このサイコロを振るのよ」

 杏さんは両手で大きなサイコロを抱える。

 緊張感は適度に和らいで、新顔の咲哉ちゃんもリラックスしてた。

「人数の都合でわたしは那奈ちゃんとペアなの。ごめんなさいね、結依ちゃん」

「ううん。チームは違っても、咲哉ちゃんは仲間だよ」

 私と咲哉ちゃんで確かめあう絆を、同じNOAHの奏ちゃんが無下にする。

「上手く立ちまわって、パティシェルの足を引っ張るのよ。いい?」

「奏……エンタメランドに行きたいのはわかるけど」

 普段はクールな奏ちゃんがボケ始めると、杏さんのほうはツッコミにまわって、安定するんだね。メンバー同士で持ちつ持たれつ……ちょっと違うか。

 スタジアムのフィールドにはビッグサイズのスゴロク場が出来上がってる。ジリーはぎこちない動きで位置につき、ゲームの目標となるハートメダルを掲げた。

 ジリーのいるマスまで行けば、メダルが貰えるってわけ。

 やがてBGMはテレビゲームのと同じものに切り替わった。私たちはスタート地点に集合し、それぞれペアを組む。

 NOAHのチームは私と杏さん、リカちゃんと奏ちゃん。

 パティシェルのチームは輝喜ちゃんと小恋ちゃん、那奈ちゃんと咲哉ちゃん。

 輝喜ちゃんが人差し指を空へ向け、開幕を宣言した。

「そんじゃあ、ゲームスタートっ!」

 ゲームは20ターン。まずは輝喜&小恋ペアがサイコロを投げる。

「ココ、6よ! 6!」

「任せろ。おりゃあ~っ!」

 小恋ちゃんの手から放たれたサイコロが、てんてんとフィールドを転がった。期待通りの6を出し、幸先のいいスタートを切る。

「よぉし! でかしたわ、ココ!」

 ところが……スタートから6歩進んだ先には、意地悪な命令が待ってたの。

「パ、パートナーのほっぺにキッスぅ? 誰よ、こんなマス作ったの!」

 なお命令を拒否した場合は、一回休みのペナルティ。

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