第238話
「……この件は帰ってから、ゆっくり話しましょう」
「話すまでもありませんってば」
そんなふうに脱線してる間にも、スタッフさんは一丸となって準備を進めてる。
本日の収録はサッカーのスタジアムにて。NOAHとパティシェルの対決の模様は動画サイトで生放送されるほか、編集したバージョンも後日流す予定になってた。
「一週間でよくこんなとこ借りられたよねー」
「いつもの社長の魔法でしょ? もしくはマーベラスプロのごり押しか」
芝生の上にスタッフさんが大きなパネルを敷いていく。
「あれって……バラエティーかなんかで、前に玲美子さんがやってたやつ?」
輝喜ちゃんはエヘンと胸を張った。
「スゴロクよ。テレビゲームにあるのと、大体はおんなじの」
それなら私も知ってるよ。トンテン堂の看板キャラクターが総出演する、パーティー向けのスゴロクゲームだね。マーベラスプロはトンテン堂と共同して、そのゲームを等身大の体験ゲームにしちゃったの。
テレビゲームと接点のない咲哉ちゃんは首を傾げる。
「よくわからないわ……リカちゃんは詳しいの?」
「ゲームのほうはやったことないけど。芸能人がやるの、人気みたいよ」
「SPIRALもやってたよ。見てるだけで面白かった」
人気の企画だから、私もルールは把握してた。
このスゴロクには決まったゴールがなくって、枝分かれしてるコースを、好きなように進めるの。それを既定のターンまで続け、ハートメダルの数の一番多いひとが勝ち。
奏ちゃんが口を挟む。
「ルールはわかったけど、八人じゃ冗長にならない?」
「そうだね。どうしよっか……」
この場にいるアイドル全員でひとりずつサイコロを振ってたら、時間が掛かりすぎるのは明白だった。生放送だから、見てるほうもダレちゃうよね。
杏さんが人数を目で数える。
「二人一組でやるのはどうかしら? 四チームならテンポも悪くないわよ」
「ペアのほうが盛りあがるかもねー。アタシも賛成」
NOAHだけで話を進めると、輝喜ちゃんと小恋ちゃんがいきり立った。
「ちょっと、ちょっと! キキたちとNOAHで三対五なのよ? ふたりずつ分けたら、どっかのチームで混ざっちゃうでしょ」
「えっと……それは」
私もそこが気になって、返答に困る。
だけど、咲哉ちゃんと那奈ちゃんは平然とまくし立てるの。
「そういうペアがいても面白いと思うわ。そのペアはパティシェル扱いにして……」
「罰ゲームに中立勢力……ナナは緊張感が出て、いいと思うなあ」
ほかのみんなも頷いた。
「それでいーんじゃない? どっかで折りあいつけないと、始めらんないもん」
「ココはもちろんキキと組むぞ」
「じゃあナナは言い出しっぺだし、咲哉ちゃんと組むね」
咲哉ちゃんは早々にペアが決まる。
あとのメンバーはグーパージャンケンでペアを分けることに。最初は奏ちゃんだけがグーでやりなおし、次でふたりずつに分かれた。
杏さんはグーを女の子らしいガッツポーズに変え、声を弾ませる。
「わたしは結依とね! 頑張りましょう」
「はい! 杏さんとは学校も学年も違うから、一緒で嬉しいです」
その一方で、リカちゃんと奏ちゃんは自分のパーに溜息を落っことした。
「奏とぉ? 芸能学校のアレ以来かあ」
「こんな形で再結成するなんてね」
ふたりは去年まで芸能学校で同じクラスだったんだっけ。
咲哉ちゃんと那奈ちゃんは何やら意気投合してる。
「これって咲哉ちゃんのコーディネイト? やっぱりプロは違うよね~」
「那奈ちゃんもすごいわ。パティシェルのコスプレ衣装を手掛けてるんでしょう?」
服飾デザイナー同士で気が合うみたいだね。
輝喜ちゃんと小恋ちゃんのペアは小さな身体で闘志を燃やす。
「絶対、ぜ~ったいに勝つわよ! ココ!」
「とーぜんだっ!」
マネージャーの聡子さんと綾乃さんも火花を散らした。
「負けたからって、あとで難癖つけたりしないでくださいね。館林綾乃さん」
「フン、こっちの台詞よ。吠え面かかせてあげるわ、月島聡子!」
ほんとに一緒にアイドルやってたのかなあ、このふたり……。交際相手はどっちも同じRED・EYEの美男子なんだから、仲よくすればいいのに。
スタッフのお兄さんが着ぐるみを二体、運んできた。
「監督~。これ、誰が着るんすか?」
「へ? そりゃあ……」
生放送を目前にして、監督さんがはたと気付く。
このスゴロクゲームにはオリバーとジリーっていう、進行を務めるマスコットキャラがいるの。ところが着ぐるみはあるのに、肝心の『中のひと』が決まってなかった。
「しまったなあ。スーツアクターのこと、すっかり忘れてたよ」
「あっちゃー、すんません……僕の確認ミスです」
「急な話だったもんな。とりあえず誰かふたり、悪いけど、これ着て……」
監督さんがスタッフの顔ぶれを一瞥する。
だけど、みんな本番中は色々とお仕事を抱えてた。微妙な間が流れ、スーツアクターにまわせる余剰人員はいないんだってことが、改めて発覚する。
輝喜ちゃんがある人物に振り返った。
「マネージャーなんて、収録中は見てるだけでしょ? 綾乃がやれば?」
「えっ?」
同じく私たちも聡子さんに向きなおり、頭をさげる。
「お願いしまぁーす」
「……ええっ?」
聡子さんも綾乃さんもぎょっとした。
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