第241話
「エンタメランドが待ってるのよ。恥のひとつやふたつ」
「奏、次は『お兄ちゃん』って言ってみて? さっきの二倍は稼げるからさあ~」
「それは無理」
ファンの声援もあって、上位争いは白熱してた。
結依&杏ペアも追いかけるものの、肝心なところでサイコロに恵まれない。私が振っても2や3しか出ず、かなり離されちゃった。
「ごめんなさい、杏さん。あっちのハートメダルにはもう……」
「結依のせいじゃないわよ。切り替えて、次のメダルを狙いましょう」
とはいえジリーはプレイヤーにハートメダルを提供するごとに、場所を変えるから、まだまだチャンスはあった。私たちの近くに来てくれる可能性もあるでしょ?
一方で、那奈&咲哉ペアはハートメダルに目もくれず、アイテムを収集してた。
「左のほうが、アイテムマスが多そうね」
「じゃあ左で。投げるよぉー」
咲哉ちゃんのペアだけ空気が違うなあ……。
「アイテムばっか溜め込んで、どーすんのよ。こんなふうに使わなくっちゃ!」
輝喜ちゃんがアイテムでサイコロの目を二倍にしたうえで、5を弾き出す。これで一気にジリーのもとへ辿り着き、最初のハートメダルをゲットしちゃった。
「やったぞ! ナイスだ、キキ!」
「この勢いで突き放してやるんだから。ねっ!」
輝喜ちゃんと小恋ちゃんは喜びのハイタッチを交わす。
目の前でハートメダルを掻っ攫われてしまったリカ&奏ペアは、悔しげにジリーの移動先を見据えた。
「あと少しのところで……」
「サイコロに愛されてる感はあるわね」
ジリー(綾乃さん)は着ぐるみのせいか、カニ股でどすどすと歩く。
オリバー(聡子さん)の動きも徐々に鈍くなってきた。私と杏さんは『アイドルでよかった』なんて薄情なことを思わずにいられない。
「マネージャーって、大変なお仕事なんですね……」
「あれはマネージャーの仕事じゃないのよ?」
幸いにして、ジリーの移動先には私たちがもっとも近かった。オリバーから受け取ったサイコロを杏さんが両手で掲げ、えいっと投げる。
「5よ! 次のターンには届くわ、結依!」
「はいっ!」
ところが、おかしな命令マスで止まっちゃったの。
置いてあるのはウサギのお耳……。輝喜ちゃんがまたも悔しがる。
「どーしてNOAHにばっか! あれはパティシェルのためのモノなのに~!」
「だめだよぉ、キキちゃん? カメラの前でそんなこと」
杏さんは数秒ほど思考停止しちゃってた。私が揺さぶって、やっと我を取り戻す。
「ウサギさんになりきるんですよ! 杏さん」
「え? わ……わたしが?」
さっきは奏ちゃんがネコ耳でピンチをチャンスに変えた。同じことを杏さんがウサ耳でやってくれればいいだけ。堅物の杏さんが、愛嬌たっぷりに……。
それを自覚したらしい杏さんの小顔が真っ赤に染まる。
「むむっ無理よ、そんな恥ずかしいこと! 結依、替わってちょうだい!」
「で、でも杏さんがやらないと……」
小恋ちゃんは愉快そうに大笑い。
「アハハハッ! 残念だったなあ、明松屋杏! 今度こそ一回休みだぞ」
そんな……ハートメダルを目前にして?
けど、恥ずかしがり屋の杏さんに無理強いもできなかった。可愛いウサギのお耳ひとつに、眉を八の字にしてまで困り果ててるんだもん。
そんな杏さんに奏ちゃんが発破を掛ける。
「しっかりしなさいよ、杏先輩! アイドルでしょ?」
「それとこれとは話が別なのっ」
リカちゃんは私に何かをジェスチャーで伝えようとした。
(結依が一緒にやったげて!)
(りょ、了解!)
私はウサ耳を杏さんの頭にそっと乗せて、囁く。
「大丈夫ですよ、杏さんは私がやったのを真似するだけで。まずは手をこうして……」
「えっ? ええっと……こ、こうかしら?」
歌姫様の弱点は私もリカちゃんもよく知ってた。杏さんには考える暇を与えずに、その場の勢いで押しきっちゃうの。
奏ちゃんが杏さんのこと『ちょろい』って言うのも、これが理由。
杏さんは私を真似して、両手をウサ耳の前へ添えた。
「それじゃ、私に続いて言ってください。ウサギは寂しいと死んじゃうピョン」
そして涙目になりながらも、しどろもどろに声を上擦らせる。
「ウ、ウサギは……さびっ、寂しくって……死んじゃう、ぴょ、ぴょん?」
この土壇場で杏さんの棒読みが炸裂してしまった。でも羞恥に満ちた表情と、引っ込みがちなウサギのポーズが、ファンの心を鷲掴みにしちゃったみたいで。
結依&杏ペアのファンパワーが一気にトップへ!
「やりましたよ、杏さん!」
「え? えっ?」
輝喜ちゃんと小恋ちゃんは頭を抱え込む。
「なんでよおっ? キキがやったほうが十倍、ううん、百倍は可愛いのにィ~!」
「メダルより美味しいとこ持ってかれてないか? なあ?」
リカちゃんと奏ちゃんも戦々恐々としてた。
「NOAHで一番ポテンシャル高いのって、ひょっとして杏なんじゃ……」
「ど、同感……狙ってやってるんなら、大したものだけど……」
これは近々、ファンクラブの会員数に変動があるかも。
そんな接戦ぶりも意に介さず、咲哉ちゃんと那奈ちゃんは暢気に歩を進めてた。アイテムを回収しつつ、スゴロクの端っこへ。
「4が出たらもうひとつゲットだね、んふふっ」
「任せて! ……やったわ!」
同じゲームやってるふうには見えないよ。
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