第236話

 咲哉ちゃんやリカちゃんは時間を忘れて没頭するタイプでしょ? 私と奏ちゃんもそれなりに興味があって、試行錯誤する。一方、消極的なのは杏さんと聡子さん。

 ここは私も咲哉ちゃんに加勢して、杏さんを揺さぶる。

「すごく可愛いですよ、杏さんも! 慎ましやかだけど明るい、みたいな……ええと」

 奏ちゃんも口を揃えつつ、肩を竦めた。

「同じ服をリカが着ても、そこまで映えないわよ。自信持ちなさいって」

「そ、そう? 本当?」

 まんざらでもない様子で杏さんは照れ笑い。

(ちょろいわね、杏先輩は)

(それが杏さんの可愛いところだよ)

 含みのある展開になっちゃったものの、杏さんの変身も完了した。

 次は奏ちゃんが試着室に入り、てきぱきと着替えを済ませる。

「……ま、こんな感じでしょ」

 上は七分丈のシャツにキャミソールをベストのように重ね、フリルの裾を降ろしてた。奏ちゃんにしては奥ゆかしいコーディネイトかも。

 ところが下はスキニーデニムとスニーカーの組み合わせで、上の少女テイストを上手くボーイッシュに落とし込んでるの。

 さっきまで押され気味だった杏さんが、お姉さん目線で呟いた。

「お兄さんが心配するはずよ……。魅力を全開にするのも考えものね」

「何言ってんの? 杏。今はカメラの前に出るカッコを吟味してんでしょ?」

 杏さんのズレた発言をリカちゃんが修正するのも、毎度だね。

 でも杏さんの言うことも一理あった。お兄さんとしてはこんな奏ちゃん、放ったらかしになんてできないはずだよ。

「写真撮って、送ってあげたら? 待ち受けにしてくれるかも」

「うちのアニキがシスコンだからって、あたしをブラコン扱いするの、やめてってば」

 意地っ張りな奏ちゃんは私を、ピーマンを見る目で睨む。

 その間にも咲哉ちゃんは試着室へ。そして待つこと数分、かのファッションモデルはカーテンを勢いよく開け、しゃなりと出てきた。

「お待たせ! わたしのコーディネイトはこういう路線でどうかしら?」

 スカートの裾を少し浮かせるくらいにターンして、全身を惜しみなく披露する。

 トップスは赤いラインの入ったロンTだね。それに黒のカーディガンを、リュックみたいに引っ掛け、カジュアルな印象を際立たせていた。

 フレアスカートは意外にもカーキ色。でもスカートだけだと『地味』なのに、全体の親和性を高めてるっていうのかな……私じゃ絶対に思いつかない配色なの。

「すごい、すごい! 抜群に似合ってるよ、咲哉ちゃん!」

 あのカリスマモデル・九櫛咲哉を目の当たりにした興奮もあった。称賛の言葉はミーハー根性が丸出しになっちゃったかもしれない。

 奏ちゃんや杏さんも感嘆した。

「さすが……しれっと着こなしてくれるじゃない」

「この隣に立つのね、わたしたち……」

 咲哉ちゃんとリカちゃんが並ぶと、ビジュアルパワーが眩しいほど。

「杏さんはまだいいじゃないですかぁ。私なんて真中ですよ? あの真中」

「しっかりしてくんない? センターさん」

「うふふっ。じゃあ最後は結依ちゃんね。わたしも手伝うわ」

 よりによって、超一流モデルの次に出番が来るなんて……。観念しつつ、私は咲哉ちゃんと一緒に試着室へ入った。

 杏さんとリカちゃんの声がはもる。

「ま、待って? 着替えくらいひとりでも……」

「ちょっと! 手伝うって、何をよ?」

「あんたたちも咲哉に手伝ってもらったんでしょーが」

 しばらくして、御前結依も変身が完了した。

 少し緊張しながらも、カーテンをのけ、みんなの前へ舞い戻る。

「ど……どうかな?」

 センターの私のために、あえて咲哉ちゃんが残しておいたのが――ワンピースがメインのコーデだった。シースルーのトップスとジャンパースカートが、とても爽やか。

 これにブーツを添え、中性的な印象も狙ってみたんだって。

 杏さんは両手を合わせると、陶酔がちなまなざしで私を見詰めた。

「最高よ、結依! リカにも咲哉にも負けてないわ」

 リカちゃんも無邪気な瞳をきらきらさせる。

「なんたって素材がいいもんねー。それに咲哉のコーデでしょ? もう完璧!」

「うん、うん! やっぱりNOAHのセンターは結依以外にないわね」

「そこまで褒められると、恥ずかしいような……えへへ」

 お世辞や贔屓目だってわかってても、自惚れちゃいそうだよ。

 奏ちゃんがメンバーを一瞥した。

「ステージ衣装とはまた違ったベクトルに新鮮よね」

「アタシたちで雑誌の表紙とか飾ってみたり? なーんて」

 この小一時間のうちにNOAHのビジュアル性が飛躍的に向上しちゃったんだもん。咲哉ちゃんがNOAHに加わったことの意味が今、はっきりとわかった。

 咲哉ちゃんは私やリカちゃんにないモノを持ってるの。

 だけど、それは咲哉ちゃんに限った話じゃないよ。杏さんも、奏ちゃんも、ほかのメンバーにないモノを持ってる。

 みんなの長所がNOAHでひとつになるんだね。

 ずっと蚊帳の外だった聡子さんが、カメラを手に近づいてきた。

「社長にもお見せしたいので、集合写真と、ひとりずつのと……いいですか?」

「はぁーい!」

 これがパティシェルとの決戦へ臨む、私たちの勝負服。

 ステージを賭けての勝負なんて……と思ってたけど、わくわくしてきちゃった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る