第235話
パティシェルとの決戦に先んじて、今日の放課後はみんなでブティックへ。
咲哉ちゃんの行きつけのお店で、撮影用のお洋服を貸してもらえることになったの。ほんとは今日は定休日なんだけど、店長さんのご厚意でね。
「咲哉ちゃんのお手伝いができて、私も嬉しいわ。ゆっくり見ていってね」
「ありがとうございまぁーす!」
ブティックを貸し切りにしちゃうなんて……咲哉ちゃんの人脈が成せる業だよ。
お目付け役の聡子さんが腕時計を確認する。
「遅くならないうちに切りあげてくださいねー。あと、これも『お仕事』ですので」
「はーい」
聡子さんを着せ替えるのは、次の機会を待つしかないか。
リカちゃんがこそっと私に耳打ちした。
「あの腕時計も多分、例の彼氏に貰ったやつよ」
「指輪はつけないのに?」
「実益を取るのが聡子さんの流儀でしょ」
確かに聡子さんって、実用的なプレゼントのほうが喜びそうなイメージかも。
でも、だからってお休みの日はスッピンで、似たような私服ばっかりなのはちょっと……ねえ? お相手はあの大天使様なんだし、もっと頑張って欲しいな。
興味津々にリカちゃんが瞳を輝かせる。
「ほんと贅沢な話よねー。どれ選んじゃってもいいの?」
「わたしもここでバイトしてたから、何でも聞いてちょうだい」
一流モデルの咲哉ちゃんが一緒なのは頼もしかった。
お洋服を物色しつつ、奏ちゃんが相槌を打つ。
「今までの配信で特に好評だったのって、お花見のでしょ? みんなでリカん家行って、着物でダベったやつ。やっぱり、ああいう華やぐのが受けるんじゃない?」
杏さんはブティックに慣れてないらしくって、どことなく挙動不審。
「パティシェルは色んなコスプレしてるみたいね」
「百武那奈ちゃんがコスプレ好きだそうよ」
そんなお喋りもあとまわしにして、リカちゃんは早速、試着室へ飛び込んだ。
「いっちば~ん!」
「あんた、もう決めたの?」
「決めるために試着するんだってば」
不慣れな杏さんには咲哉ちゃんがフォローにつく。
「まずは今着てるお洋服の延長で、合わせてみましょうか」
「え、ええ……任せるわ」
「だめよ、杏ちゃん。ちゃんと自分で選んで、感性を養わなくっちゃ」
杏さんが教えられるままになってるのって新鮮だなあ。
私は奏ちゃんと一緒にお店を見渡す。
「咲哉の手が空くまで、テキトーに見てまわりましょ」
「うん。私、パンツが見たいな」
ショートパンツにホットパンツ、あとはデニムのジーンズに……。
奏ちゃんも同じものを手に取るも、何やら辟易とする。
「はあ……。ジーンズなんかはアニキのお下がりってイメージが強くてね」
「アイドル活動を応援してくれてる、お兄ちゃん?」
「ア、ニ、キ」
そういえば、NOAHのメンバーでは奏ちゃんだけ『妹』なんだっけ……。杏さんもリカちゃんも咲哉ちゃんも、家では『お姉さん』だもん。
私はひとりっ子だから羨ましい。
「お誕生日とか、お兄さんにお洋服買ってもらったりするの?」
「ないない。……まあ、あたしの誕生日は律義に憶えてるっぽいけど」
「もうすぐだね、奏ちゃんのお誕生日」
ミュージックプラネットの生放送を経て、いよいよ六月に入った。アイドルのお仕事にも慣れ、新しい生活にリズムがつき始めてる。
今月は大きなライブが予定にない分、ラジオやCMを頑張らなくっちゃね。
試着室のカーテンが開く。
「ねえねえっ! 結依、咲哉! これどお?」
「可愛い! 決まってるよ、リカちゃん」
女子会のノリで盛りあがりながら、私たちも順番に試着室へ。
小一時間ほど審議を重ね、やがてメンバー全員のニュースタイルが固まった。
まずはリカちゃんが自信満々に披露してくれる。
「うんうん! 会心のコーデかも」
タンクトップの上から丈の長いシャツをカーディガン風に重ねて、ちょっと着崩す感じに。さらにデニムのパンツで脚線を引き締め、スレンダーなラインを際立たせてた。
「あれ? そのデニム、リカちゃんが穿いてたやつだよね?」
「そーよ。上を崩してる分、下は線が決まってるほうが見栄えするって、咲哉がねー」
リカちゃんらしいビビッドな印象が、効果的に醸し出されてる。
これには奏ちゃんも舌を巻いた。
「さすが咲哉のコーディネイトね……。あたしなんかとはセンスが段違いだわ」
リカちゃんの変身に続いて、杏さんも装い新たに登場する。
「ど……どうかしら?」
大きなロゴの入ったシンプルなTシャツと、ロングスカートのコーデだね。それだけだと清楚な印象なのが、スポーティーなサンダルひとつでカジュアルに大逆転!
左手では聡子さんの腕時計が輝いてた。
杏さんの変身ぶりに咲哉ちゃんは手応えを感じてる。
「腕につけるのはブレスレットでもいいんだけど。うふふ」
「ちゃんと返してくださいねー」
十代のファッションショーを前にして、聡子さんはやれやれと溜息をついた。
杏さんは顔を赤らめ、もじもじと指を編む。
「こういうのって、あまり落ち着かないわ……。サンダルなんて滅多に穿かないし」
「靴は向かいに専門店があるから、そっちで揃えてもいいわね」
「ま、まだやるの? これ」
だんだんファッションにおけるメンバーごとのモチベーションがはっきりしてきた。
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