第232話
そうして貴重なデータを入手し、はこぶね荘のリビングにて上映会。
ありし日の聡子さんはなんと水着(!)で、綾乃さんと一緒に海岸にいた。
そんな聡子さんの艶やかな有様に私たちは釘付け。
「おお~っ!」
咲哉ちゃんの目は誤魔化せない。奏ちゃんも真剣に見入ってる。
「ほらね、言った通りでしょう? 聡子さんは着やせするタイプだって」
「でも今と比べたら、腰周りが全然……」
「は、破廉恥よ? 奏」
「綾乃さんも負けてないよねー。こんな活動してたんだ?」
その途中で私は顔をあげ、マネージャーを迎えた。
「あっ、聡子さん。おかえりなさーい」
聡子さんはムンクの叫びと同じポーズになる。
「ヒャアアアーッ!」
はこぶね荘で今夜もまた悲鳴が木霊した。
私たちの頼れるマネージャーは、ひとりで『膝抱え隊』に。
「元気出してください、聡子さん。迷彩柄のビキニ、とても似合ってましたよ」
「ふふ……優しいんですね、咲哉さんは……」
ちょ、ちょっと悪戯が過ぎたかな?
それはさておき、私は百武那奈ちゃんからのメールを読みあげた。
「ええっと……お茶会のケーキにリクエストがあったら教えてね、だって」
杏さんとリカちゃんは真剣な面持ちで確認を取りたがる。
「確かガトーショコラとティラミスだったわね……」
「手作りってことは、どっちもホールなんでしょ? ごくりっ」
咲哉ちゃんの突っ込みは今夜も穏やか。
「うふふ、リカちゃんったら。手作りも何も、ケーキはホールで焼くものよ。でもガトーショコラとティラミスじゃ、系統が被ってる気がしない?」
「言われてみれば……片方はフルーツのタルトとか、リクエストしてみよっか?」
頭の中を色んなケーキの名前がよぎっていった。
モンブラン、チーズケーキ、ミルフィーユ、ガナッシュ、それから――。
「ザッハトルテとか、クラフティーとか」
「リンツァートルテやラズベリーパイはどうかしら?」
「ブッシュ・ド・ノエル!」
みんなの口からも次々と美味しそうなフレーズが飛び出す。
しかし奏ちゃんだけは乗ってこなかった。スイーツの誘惑をものとせず、両手を腰に当てる委員長のポーズで、私たちに警告するの。
「あんたたちねえ……。パティシェルとは対決するってのに、ティーパーティーなんて本当にできると思ってんの? こんなの罠よ、罠」
奏ちゃんの言うことはごもっとも。
けど、パティシェルは『スイーツ系』を売りにしてるアイドルなんだよね。これまでの配信動画でもほとんどがお菓子を作るか、食べるかしてた。
咲哉ちゃんはパティシェルをフォロー。
「パティシェルとしても、せっかく他所のアイドルユニットと絡めるんだもの。主導権は握っておきたいでしょうし、色々試してみたいんじゃないかしらね」
「まあNOAHと競演しておいて、恒例のお茶会には誘わないってほうが、変か」
それでも奏ちゃんの表情が釈然としてないのは、やっぱり『対決』を意識してるせいかな。勝ったほうは、あのエンタメランドでお仕事なんだもん。
何気なしにリカちゃんがぼやいた。
「パティシェルが勝ったら、恩着せがましいティーパーティーになりそーね」
「だけど……こっちが勝ったら、微妙な空気になるわよ」
杏さんってば、負ける気はさらさらないみたい。
「罠って可能性も忘れないでよね。パティシェルはともかくとして、あっちのマネージャーは絶対、何か企んでるはずだから」
「館林綾乃さん、だっけ」
私は天井を見上げつつ、綾乃さんのことを思い出した。
聡子さん相手に対抗心を剥き出しにしてた、パティシェルのマネージャー。今回のNOAHとパティシェルの衝突は、九櫛咲哉の復帰が発端ではあるものの、聡子さんと綾乃さんの確執によるところも大きい。
「聡子さ~ん。あの綾乃さんって、どういうひとなんですか?」
そう尋ねても、聡子さんの返答は素っ気なかった。
「昔の相方の恥過去をばらまくようなひとです」
杏さんが口角を引き攣らせる。
「い、いえ……マネージャーとしての実力や実績を聞きたいんですけど」
やっと聡子さんは膝を抱えるのを止め、立ちなおってくれた。
トレードマークの眼鏡がいつもの聡明な輝きを取り戻す。
「もともと『ロリータ系』でそれなりに売れていたパティシェルを、『スイーツ系』に転身させ、大ブレイクさせたのが彼女なんですよ。井上さんも舌を巻くほどです」
意外な高評価を聞きながら、リカちゃんは首を傾げた。
「あれ? あのひともまだマネージャーでしょ? 入社二年目の」
聡子さんの声が俄かにトーンを落とす。
「それが彼女の恐ろしいところなんですよ。普通、安定して売れているアイドルのコンセプトを、無理に変えるなんてことはしません」
その言葉の続きが読めたらしい杏さんが、顔色を変えた。
「なのに綾乃さんはマネージャーという立場にもかかわらず、パティシェルのプロデュースを掌握してしまった……」
「そういうことです。まあ、社長の姪の元同僚という建前も活用したんでしょうけど」
そもそも綾乃さんは入社する以前からもマーベラスプロで働いてたんだって(バイト時代にVCプロから移ったわけだね)。その頃からパティシェルと親交があったのかも。
私はある可能性にはたと気付く。
「綾乃さんって、怜美子さんとは仲いいんですか?」
聡子さんは本気でわからないって顔だった。
「面識はあるとは思いますよ? でも、そういう話は聞きませんね……」
もっとも考えられるのは、怜美子さんが面白がって綾乃さんを重用したという線。
ほら怜美子さんって、マーベラスプロの女王様でしょ? あの綾乃さんなら、真っ先に女王様を味方につけると思うの。
――なぁんてね? 全部、私の勝手な推測だよ。
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