第231話
「あなたというひとは! うちの社長は初耳だと仰ってましたがっ?」
「あら、変ねえ。月島社長が『VCプロへは私が連絡するよ』って言ってたのに」
「おじさんは社長であって、Pじゃないんですから」
さ、さすがの聡子さんも怒ってる……?
ふたりのマネージャーの後ろで、龍と虎のビジョンが浮かびあがった(気がした)。
「これは私の逆襲なのよ、月島聡子。アイドル時代の愚行の数々、まさか忘れたなんて言うんじゃないでしょうね?」
「忘れたいんです、こっちは。あんな恥ずかしい過去……」
「何が『恥ずかしい』よ! 私は――」
綾乃さんの語気が俄かに強くなる。
「私はあれで華々しくデビューして、アイドルになるつもりだったのに~!」
その勢いとは裏腹に、NOAHもパティシェルも気まずい空気に包まれてしまった。あれだけ好戦的だった輝喜ちゃんや小恋ちゃんでさえ口を噤むくらい。
「あなたが乗り気じゃなかったせいで、ね? しかも……しかもっ! あなたばっかりアイドルの男の子にチヤホヤされて、モテまくってえ~!」
だけど、ここでNOAHがパティシェルよりも先に復活を果たしたの。
私と杏さん、リカちゃん、咲哉ちゃんで一斉に綾乃さんへ詰める。
「やっ、やっぱり本当なんですか? 聡子さんが六人の美男子にコクられたって」
「六人じゃなくて七人よ。七人」
「玲美子さんに聞いたのより、ひとり多いわ?」
あれって玲美子さんの冗談じゃなかったんだ……聡子さんは異常にモテるって話。
私たちはパティシェルの側にまわって、聡子さんにブーイングを連発する。
「聡子さんひとりで一体、どれだけ乱獲したんですかっ? 出るとこ出ますよ!」
「おまけにRED・EYEの霧崎タクトと交際中だもの。わたし……もう、マネージャーのこと信用する自信がないわ」
「男なんてジャガイモよ! ねえ、リカ?」
「違うわよ、杏。聡子さんにとっては特大のスイーツだったの!」
聡子さんはげんなりと青ざめた。
「モテたくてモテたんじゃありませんってば……はあ」
それがまた綾乃さんの対抗心を燃えあがらせる。
「ほらっ、聞いたでしょう? 一緒にいて、こっちはどれだけ玉の輿を逃したと……」
けれども聡子さんのほうが一枚上手だった。眼鏡越しに綾乃さんをねめつけ、今までにない薄ら笑みを浮かべる。
「そちらこそ忘れないで欲しいですね、館林綾乃さん。あなたと志岐くんの仲を取りもってあげたのは、誰でしたっけ?」
「ぐっ……」
私たちはまわれ右して、綾乃さんに白い目を向けなおした。
「ちゃっかり美味しいとこは押さえてるんじゃないですかぁ、もう」
「大方、聡子さんをダシに使ったんでしょー?」
「うぐ」
こうなっては綾乃さんも黙秘するしかないわけで。
主導権は今や聡子さんが掌握してた。
「とにかく、NOAHとパティシェルで一悶着なんて好ましくありません。この件は私のほうからマーベラスプロへお返ししておきますので……」
「ちょ、ちょっと? こっちは対決してやるつもりで乗り込んだのよ?」
輝喜ちゃんは唸るも、聡子さんの正論が勝つ。
「あなたたちも自分のステージを賭けるなんて真似をしてはいけませんよ。アイドルユニットとしての品格を下げたいんですか?」
「そ、それは……」
ところが――意外な人物が果敢に名乗りをあげたの。
「売られた喧嘩は買うべきよ! NOAHに撤退の二文字はないわよね、結依っ?」
ずっと黙りこくってた奏ちゃんは、かつてない気迫に満ちてた。
「奏ちゃん? 急にどうし……」
「だって、エンタメランドよ? エンタメランド!」
綾乃さんには龍、聡子さんには虎。
それに対抗して、奏ちゃんにはタメにゃんが憑依してる……(気がする)?
「あんたたちに勝って、エンタメランドのステージに立ったら、ついでに、あたしと杏で目下練習中の新曲を披露してあげるわっ!」
「わ、わたしを巻き込まないで?」
「望むところよ! 面白くなってきたじゃないの」
杏さんの仲裁を意に介さず、パティシェルの輝喜ちゃんも挑発に乗ってしまった。
畳みかけるように、那奈ちゃんが誘惑を投げかけてくる。
「対決のあとはパティシェル自慢のケーキをご馳走するね。人数も多いしぃ、ガトーショコラとティラミスをおっきなホールで、と思ってるんだけどぉ~」
や、やられちゃったわ……!
「ガトーショコラ? しかもパティシェル特製の?」
「ティラミスって、マジ? ほんとに作れちゃうワケ?」
そんなこと囁かれたら、杏さんとリカちゃんは一秒で陥落するもん。
奏ちゃんの背後でタメにゃんの目が赤々と光った(気がした)。
「話はまとまったようね。エンタメランドを賭けて、勝負よ! パティシェル!」
「ふんだっ。吠え面かかせてやるんだから!」
かくして事務所を跨いでのアイドルバトルが勃発した。
☆
なんだか大変なことになっちゃったけど……それはそれとして。
「――ね? 結依も一緒に行こ」
「リカちゃんったら。でも、いいのかなあ?」
私とリカちゃんはこっそりパティシェルのあとをつけ、綾乃さんに声を掛ける。
「綾乃さ~ん!」
「……あら? NOAHのアイドルが私に何の用よ」
このチャンスを逃す手はなかった。
私は猫撫で声で、綾乃さんに秘密の交渉を持ちかけるの。
「あのぉ~、実は私、聡子さんの――んぐっ?」
その口を押さえ、続きはリカちゃんがまくし立てた。
「綾乃さんのアイドル時代に興味があってぇ。お仕事の動画とか、持ってませんかあ?」
綾乃さんを持ちあげる作戦か、なるほど。
「そ、そうそう! 綾乃さんのアイドルっぷりを参考にしたいんです」
どういうわけか、傍らの那奈ちゃんもフォローしてくれた。
「あれは勉強になるよぉー。聡子さんじゃ教えられないようなテクニックも、見つかったりして……ねぇ輝喜ちゃん、小恋ちゃん」
「んー、まあ……」
輝喜ちゃんと小恋ちゃんはこっちの策謀に気付いてないみたい。ピュアなんだね。
綾乃さんはすっかり気分をよくして、二つ返事を返してくれる。
「しょうがないわねぇ、んふふ。ゲーム対決の段取りを決める際に、また会うでしょうから、その時にでも渡してあげる」
「やったあ! 綾乃さん、ありがとうございまーす」
私とリカちゃんは調子よく声を弾ませた。
パティシェルのご一行を見送りながら、リカちゃんがほくそ笑む。
「これで聡子さんの恥過去、ゲット~。悪いことは止められないわね、ひひひ」
「どんな活動してたんだろーね? 聡子さんって」
ごめんなさい、聡子さん。
でも決して興味本位とかじゃなくってー、後学のために知りたいんですー。
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